骸の騎士と騎士の王
※作中の魔導士と魔術師は別もので、騎体に適合する訓練を受けた魔術師が魔導士になります(*'▽')
「短命ナル人ノ造リシ、都カ……」
北寄りに王城、南側には教会の大聖堂が聳え立つ光景を一瞥し、骸の騎士ガイウスはかつて栄えた不死族の都市を想う。
人族とは根本的に異なる強大な魔力に加え、浅黒い肌を持った同族の一部は人生を謳歌した後、死してなお活動を止めずに骸人となって生き永らえた。
自然の法則に反した所業は当初こそ、問題を感じさせなかったものの… 死を超越して権力の頂きに居座る者や、彼らの存在を維持するため民草に課した魔力税などが不興を買い、都市民の暴動を契機とした大規模な反乱が各地で起きてしまう。
紛争が収まらずに長期化する最中、忽然と現れた異形達に抗えず、独自の文明を滅ぼされた骸人達は長い眠りに就き、目覚めて以降は魂に刻まれた “摂理の盟約” に従って “滅びの刻楷” の一翼を担っていた。
騎士国の領土に建造されていた精霊門も元を糺せば、この骸骨騎士が指揮を執っていたのだが、早い段階で相手に浸透戦略が露見したのは不運としか言えない。
「リゼルノ連中ヲ凌イデモ、女狐ガ出テクル故、大森林ノ精霊門ハクレテヤルガ… 相応ノ対価ハ貰ウゾ」
淡々《たんたん》と言葉を紡ぎつつ、懐から取り出された鈍色の多面体が放り投げられる。現在、出払っている王都の騎士団がそれを見れば、岩場で回収した鈍色の欠片を思い出すだろう。
放物線を描く過程で輝き、幾何学的な魔法陣を展開させた代物は簡易な転移門の発生装置に他ならず、王都の人々を護る堅牢な城壁の内側へ、次元の狭間で休眠状態にあった大型種の異形を呼び込む。
「ブルァアァアアァ―――ッ!!」
嘶きを響かせた全高16メートルほどに及ぶ牛頭の巨人、ミノタウロスが低空より重力に引かれ落ち、騎体運用も想定された大通りに地響きを鳴らせて降り立つ。
その場にいた人々が唖然としている間にも、恐怖の対象たる怪物は握りこんだ金棒を横殴りに振るい、街路に面した三階建ての商業施設を叩き割った。
「「きゃああぁああぁ!」」
「「うぉおおおぉッ!!」」
「う、うわぁああぁッ、ぐべ!?」
青天の霹靂に見舞われ、叫んでいた男性が砕けた石壁の直撃を頭部に受け、訳も分からないままに血飛沫を撒き散らして絶命する。
他にも建材の散弾を浴びた不運な者は多く、木片に貫かれて致命傷を負った女性なども周囲に力なく転がっていた。
「に、逃げろッ、王城へ向かうんだ!」
「ぐす、うぅ、お母さん」
「うぐッ、メリー、私のことは良いから行きなさい… 誰かッ、娘を!!」
右足が千切れて歩けなくなった若い母親の懇願に応え、付近にいた青年が幼い少女を抱き上げて、一度だけ頷いてから走り去っていく。
蜘蛛の子を散らすように逃げ出した王都の人々を狙い、ミノタウロスが追随しようとするも… 騎体並みの巨躯が閊えて、狭い路地まで侵入することができない。
「グォオオッ!」
怒りの声と同時に半壊させた建物へ身を乗り出し、自重で壊しながら奥側の屋根に金棒を叩きつけて、逃げ惑う者達の頭上へ砕けた破片の雨を振らせる。
凄惨な光景は王城からも窺えるため、既に王都の守備隊は動き出しており、大型種に分類される異形の姿を確認した国王も、御付の魔導士と駐騎場へ向かっていた。
「…… どこに行かれるのか、ストラウス王」
「決まっている、クラウソラスK型で迎え撃つ。いま動かせるのはあれしかない」
分かりきった事を聞くなと、悪びれもなく言ってのけた悪友を放置できず、無精ひげが似合う精悍な宰相兼任の魔術師長ブレイズ・ルミアスは左手に持った錫杖を構え、通れないように通路を塞いだ。
「王専用のK型は飾りに過ぎません。式典に出すなら兎も角、実戦など論外ッ」
「はッ、あの女狐が鈍らな剣など造るものか、あれは十分に戦える騎体だ」
「そう言う問題ではないのです!」
「ならば、巨大なミノタウロスを守備隊だけで倒せると?」
至極、真っ当な問いかけに、視線を鋭くしたブレイズは静かに頷き、肯定の意を王に伝える。
「守備隊と魔術師隊の命を以って、やり遂げましょう」
「却下だ馬鹿者、お前の心配は有難く思うが、多くの生命を救えるなら、私は為政者として最善を引き寄せねばならん」
止まるつもりのない王の発言を受け、僅かに実力行使を躊躇したのが裏目となったのか、魔術師長が錫杖に魔力を籠めた瞬間、抜き打ちの一閃で魔石が嵌められた先端部を斬り飛ばされる。
「はぁっ… 変わりませんな、貴方は」
「ふん、貴様も物分かりが良くなったフリをしているだけで、変わっておらんだろ」
にやりと破顔するストラウスは、退屈だと愚痴っては城を度々抜け出し、城下町で街娘を口説いていた頃と遜色ない。
本来は止める立場の騎士ゼノスも一緒に遊んでいた故に、いつも割を食うのは御目付け役の魔術師ブレイズだった。
(ライゼスの野郎は厄介事を避ける性分で、我関せずだからな)
当時、仲の良かった才気溢れる四人組も立場を変え、最早いい歳をしたおっさんとなっている事実に溜息して、宰相兼任の魔術師長は切断された錫杖を降ろす。
「いつも通り、迷惑を掛けてすまない」
「いえ、貴方に振り廻されるのは慣れていますから」
短く視線を交わした後、ストラウスは控えていた専属の魔導士と悪友の横を通り過ぎたが、幾つかの角を曲がれば “第二の刺客” がやってくる。
「お父様、街が大変な事に……」
稀人由来の艶やかな黒髪を揺らして駆け寄り、翡翠色の瞳で見つめてくる一人娘のイザナは不安そうな表情で言葉を詰まらせた。
「これから牛頭の異形を討ち取ってくる、可愛い顔を曇らせないでくれ」
大きな手でポフポフと丁度よい位置にあった頭を撫でながら、あまりにも不敵な笑みを父親が浮かべたので、身を案じて止める機会が娘から失われてしまう。
「ッ、どうか無理のないよう、お願いします」
「あぁ、すぐに済ませてくるさ」
“その方が皆の被害もすくなかろう” と付け足したストラウスが通り過ぎる間際、追従する年若い女魔導士にイザナが声を掛ける。
「サリエル、お父様のことを頼みます」
「はい、身命に賭して……」
真顔で頷いた魔導士を見送りつつも、嫌な予感を打ち消すことができない中で、やがて王都に残された唯一の騎体であるクラウソラスK型が城門より出ていった。
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