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前編

連載中の作品の気晴らしに作りました

次回作?

気長にお願いします

これ一個でもよかったかなとも思うけど

「メアリー・カプリコーン。俺はここでおまえと婚約を破棄することを宣言する」


人のエスコートを断っておきながらいきなりなにを言い出すのだ、この馬鹿王子は?!


名指しされたメアリーの率直な感想だった


王家主催の国立学園卒業式典という名の舞踏会

来賓には卒業生の親である有力貴族の顔もある

その中で声高らかに叫ぶように宣言をしたのはメアリーの婚約者であるユリウス・カンステレイシュン

主催である王家の人間である

ナイトスカイ国第一王子で卒業生の一人だ

王子の容姿は母親譲りの漆黒の髪は夜空のように深く、父親譲りの燃えるような紅い瞳は王家の人間の証とし、眉目秀麗と誰からも言われる容姿でメアリーを睨みつける姿は通常の何割も迫力を増している

王家にだけ許された黒地に金の糸を使った礼服もその役割を遺憾無く発揮している


対する宣言をされたメアリーは侯爵家令嬢

幼い頃に死に別れたという生母に生き写しと言われる容姿をしている

結い上げられた薄紫の髪を乱さずに、理知を含んだ青い瞳を閉じて髪色と同じ薄紫色のドレスで綺麗なカーテシーをとって冷静にユリウスに声をかけることにする


「挨拶は礼儀と心得ておりますが、これ以上は省略させていただきます。挨拶よりも確認、質問などをいくつかさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「確認などない!」

「いえ、殿下はお応えする義務がございます。まず、なにを以て婚約を破棄されるのか理由をお聞かせください」

「わからぬのか?!」


思い当たる節はある

なぜならユリウスの後ろで小動物もどきをしているのはメアリーの妹、ジェーンなのだから

怯えるように両手を口元に寄せている姿は見るものからすれば庇護欲をそそりそうだが、メアリーにはわかっている

その手で隠された口元はしっかりと笑っていることを


メアリーが母親をなくし一ヶ月も経たない内に父親であるクリスは再婚した

その再婚相手との間には娘もいた

浮気による庶子、それがジェーンだ。

当時メアリーが十歳、ジェーンが九歳の時だった


そして、その日からジェーンの立場は侯爵家令嬢

平民として過ごしていたため幾分無邪気に育ったジェーンは、父親と母親に愛されたゆえに先妻の子であるメアリーを下に見るようになるまで時間はかからなかった

なんせ、自分を愛する両親が見下し、放置をする娘だ

子であるジェーンがそれに習わないわけはなかった

同時にジェーンは賢かった

どうすれば人に善く思われるか、所謂処世術というものが得意だったのだ


今、その能力を遺憾無く発揮しているといっていい


あの子はまた無邪気を装って私のものを奪っていくのね

いつもの事ながら…回りくどいことが好きなのね

面倒なことにしてくれたわ


「殿下、私に心当たりはありません。ですが、気がつかずにお気に召さないことがあったのなら謝罪をします」


事実、ユリウスの後ろで被害者顔のジェーンに何かした記憶などない

ジェーンが理由なのはわかるが、メアリーからは一切何もしていない

何もしなかったことを責められるというなら話は別だが、出来るだけ関わらない様に我慢と沈黙をしていたので、メアリーに身に覚えなどあるはずがない


「心当たりがないだと?!ふざけるな!おまえが妹であるジェーン・カプリコーンに心ないことをしたのはわかっているんだ!」

「具体的におっしゃって貰ってもよろしいでしょうか」

「わからぬなら教えてやろう。おまえは彼女を表立っては無視し、強い叱咤を言うときだけ話しかけ、さらに彼女がお前の言うことを聞かぬならと服や教科書の類を切り裂いたそうではないか!」

「………」


事実無根だった

表立って話しかけないのは、基本的に話すことがないからだ

それでも今まで何度かは必要最低限事項に限りだがメアリーからジェーンに話かけた事はある

その時でさえメアリーは出来る限り同級生と一緒にジェーンと話す様にしていた

だから、きちんと調べれば見当違いだと証言が得られたはずだ

普段は家でさえ、挨拶くらいしか会話をしない

しないことすらある家族仲だというのにどうやって私事を話しかけろというのだろうか?

しかも、話しかけたジェーンを無視した様に言っているが、それもない

ジェーンからも話しかけて来ないのだから無視など出来るはずがない


「しかも、聞けば彼女を無視し見下す理由が庶民の出だと言う理由らしいな。その様な考えを持つ愚かな女を後の王妃に迎える事など出来ない!」

「殿下、確認をさせてください。証拠、及び証人はいらっしゃるのでしょうか?」

「俺と彼女が証拠で証人だ」

「殿下が証人だというなら私がしたと言われているその愚鈍な行動を見たことが有るということでしょうか?」

「えっ…い、いや、それはないが…」

「であれば証拠及び、証人はいないと言うことですね?」

「しかし…」

「私は良心に誓ってそのような行動は身に覚えがありません。それに私達の婚約の一件は国王陛下のお決めになられた事です。ですので、国王陛下のご命令とあれば今すぐ了承を致します。」

「身に覚えがないだと?!」


そこかよ!?

と突っ込む声がきこえてきそうな空気が流れる

注目すべきはそこではない


ユリウスは慢心していた

唯一の王子として次期国王は自分だと信じて疑わなかった

王妃との間に出来たのはユリウス一人だけ

側妃すらいない国王にはユリウスが唯一の実子

王弟はいるが、歳が近すぎる上にこちらは姫ばかり五人

実質次期国王で間違いないのだが、これが未来の国王となると不安を抱かずにいられないものを見てしまった気持ちになるのだから仕方がない


「身に覚えがないことを有るとは言えません」


メアリーは毅然と切り返す


いや、だからそこじゃない

あんたはわかってたんじゃないのか?!


「最後の確認を致します。このことは国王陛下もご存知でいらっしゃり、了承されていることなのですか?」


わかってるんじゃん!


周囲の貴族が不安になったのは無理もない

この王子は国王を蔑ろにしたと言われても仕方ないことをしているのだ

上下関係を間違えること、それはもう、外交において不安要素しかない

中堅国家であるナイトスカイ国

この国より、小さい国や、弱い国も多いが、逆に強大である国も多い

後者に不遜な態度に出ればこの国は弱小国家の仲間入りである

そうなれば今は均衡が保たれている国家間問題が危うくなる事を誰もが知っている

当たり前に


「父上には、今から俺の気持ちとともに伝える」

「今から?」


メアリーだけでなく会場にいる誰もが背中に冷たいものが走った


「そうだ!婚約の破棄の宣言はした。父上もおまえの愚かさを知ればわかってくださる。前後したが問題ないだろう」


この馬鹿王子!!!!!問題ありまくりだ!!!!


「であれば、私の身のフリは国王陛下の采配に委ねます。国王陛下より婚約破棄を妥当とおっしゃっられるのであればその様に、処罰が必要で処罰内容を殿下に一任されるとの事であれば、殿下からの処罰に従います。身分剥奪、国外追放、死罪、どの様な処罰をも受け入れることをここに宣言します。」


「何事だ。騒々しい。外まで騒がしい声が響いていたぞ」

「こ、国王陛下」


メアリーは慌てて身を低くして平伏し謝罪を口にする

直前まで口を開いて大声で宣言していたのだ

騒々しいの対象が自分に思えてくると顔から火が出そうなほど熱くなる


会場に来ていたサウス公爵家のレイフォードが国王であるシリウスに簡潔に事の次第を話すとシリウスは息子であるユリウスを睨みつけた


「何が起きたか説明をうけたが、祝いの席で王子が騒ぎを起こしたこと、国王として、父として皆に詫びよう。すまぬ。「父上!」おまえは黙っておれ!」


頭を下げることはなかったが一国の王の口からでた謝罪の言葉に会場はざわつく


「当事者達は城に連れていけ、後で詳しく聞かせてもらおう。ユリウスおまえもだ」

「なぜです!?」

「騒ぎはお前の馬鹿げた発言からと聞く。祝いの席を何と心得るか!国王の余が戻るまで自室で一人謹慎していろ!」

「そんな…」

「カプリコーン侯爵家全員もだ。余が戻るまで城にて個別に待機しておれ」

「…畏まりました」


いまさら逃れる事は難しいだろう

そう判断したカプリコーン侯爵であるクリスは深く頭を下げて頷いた

片や婚約破棄を宣言され、片やユリウスに庇われている状況

二人の娘の父親である以上無関係ではないのだ



…………………………


国王シリウスと宰相デュークが待つ部屋にカプリコーン侯爵のクリスと夫人、令嬢ジェーンが入る

直前までそれぞれ個室で待機していて通されたばかりだが再会も浸る暇も与えられるわけが無い

王の前なのだから

慌てて臣下としての礼をとる


国王はそれを片手で制すると対面するソファーに三人とも座る様にに促す

カプリコーン侯爵は同じ侯爵の地位であっても現行、目上である宰相が立っていることもあり戸惑ったが一拍をおいて国王と対面するソファーに座った

侯爵の右に夫人、左にジェーン

国王は目の前のソファーに座る三人を見て深くため息をついた


「ユリウスが来る前に何か言いたいことはあるか?」

「恐れながら、なぜ私達も呼ばれたのでしょうか?確かに娘たちの事ではありますが、当事者で話すだけでよろしいかと」

「侯爵閣下は事の重要性を理解されていない様子ですな、これがナイトスカイ国の十二侯爵の一つカプリコーン侯爵家かと思うと頭が痛くなりますな」


侯爵は宰相を睨みつける

見下した様に言われる筋合いは無いのだ

元より、現宰相であるライブラ侯爵は歳は違えど、家は互いに歴代宰相の地位を競い合う好敵手であり、一方的に見下される様な間柄ではないゆえについ、睨みつけてしまう


「話が逸れている、何故呼ばれたか、また何故メアリー嬢のみ、ここにいないかはユリウスが来てから話す。ユリウスはまだか?」

「はい、もうそろそろにございます」


宰相が答えると直ぐにドアをノックする音がした

国王の許可がおりて扉が開くとそこにいたのは間違いなく王子、ユリウス

そして、もう一人、見慣れないクリーム色の髪をした青年がいた

見慣れぬ人物の登場に誰かと訪ねたい気持ちを持つカプリコーン侯爵一家だったが、王も宰相も平然としている

当事者で話すのであればメアリーがいないこともおかしいが、その事は王がユリウスが来たら話すと言っている

宰相が当たり前の様に青年を王の横に案内する辺り青年もこの話に関係がある者なのだろうと当たりをつけた


二人は室内に入ると、宰相の言により青年は王の隣に、ユリウスは侯爵夫妻の横にいる令嬢、ジェーンの隣に促される

宰相の言に一瞬ギョッとするものもいたが、王が何も言わない以上説明、紹介があるまでは何も言うべきではないと侯爵一家は考えるのだった

流石に四人は狭く、不満の声を上げたが王はそれを一蹴した

声を上げたユリウスは仕方なく黙るしかない


「さて、そなたたちの言い分を一応聞いてやろう。まず、ユリウス、何故メアリー嬢との婚約破棄を宣言した」


「あの女は「口を慎め」…メアリー嬢は影で異母妹であるジェーン嬢をイジメていたのです。そんな女性が国母に相応しいとは思えません」

「侯爵、そなたはどの様に考えておるのか述べよ」

「申し訳ありません。不出来な娘とは思っておりましたが、ユリウス殿下に教えられるまで気がつかず、あの娘の狡猾さにあきれたところであります」


「夫人」

「あの子は、私が侯爵家に嫁いでから反抗的で、懐こうとせず、嫌われているとは察しておりましたが、血の繋がった妹であるジェーンにまでそのような態度でいたとは…」

「ジェーン嬢はどうだ?」

「お姉様は私にいつもきつい言葉ばかり言われて、お父様が側にいるときは何も言われなかったのですが、いつも素敵なものを見せびらかしたり、きつい言葉を言われたりと、側にいるのは苦痛でした」


ジェーンは目に涙を貯めながら言う

それは庇護欲をそそるには十分だった

ユリウスや父親、母親までもジェーンを心配するのだから効果はわかりやすい


それを見て、宰相と国王は深いため息をついた

わかりやすく声までつけて


「「はぁぁぁぁぁ」」



国王の横に座る青年は変わらず笑みを浮かべているがその周りの空気はすこしだけ冷えている

感じるのはその真横にいる国王だけだが、心情はわかるので何も言えない


「お前達は本当に愚かなことをしてくれた。宰相」

「はい」


国王に言われて宰相は抱えていた書類をテーブルに置く


何の書類かとユリウスとカプリコーン侯爵が視線で尋ねれば国王は「それを見ろ」とだけ言い腕を組む


「諜報機関に調べさせた真実です。これはあくまで内密の件ではありましたが、余りに酷い内容だった為、真実かメアリー嬢に確認をしましたが、「事が当家の恥故このまま内密に」とのメアリー嬢の意向を汲んで今まで私どもの胸の中で収めていた分ですよ。これだけで無いのですが、まぁ一部ですね」

「こ、これは?!」

「これは我が家の…何故…」


書類には侯爵家で起こっていた様々なことが日時、場所、人物、全て明確に記されていた


・××年×月×日14:12

侯爵家一同は別荘に向かうために出立。ただし、メアリー嬢は留守番。カプリコーン侯爵はメアリー嬢が出立の準備をしていなかったため、反発していると捉えていたが、事実は夫人が故意にメアリーに知らせず、使用人にも口止めをしていたのである

・××年×月×日11:30

侯爵家次女ジェーン嬢がメアリー嬢の私物から先妻の遺品を見つけ欲しがる。その遺品はメアリー嬢のクローゼットの奥にしまっていて普通であれば見ることが出来ない品だが、ジェーン嬢は見たと言い張り表現こそは遠回しではあったが欲しいとねだる。メアリー嬢はこれは遺品の為似たものを用意すると妥協案を提示するもジェーン嬢は納得せず、同日の夕食時にカプリコーン侯爵に遺品を見たと告げ再び欲しい旨を遠回しに言う。侯爵はメアリー嬢の母の遺品という言葉に耳を貸さず、その遺品を持って来させ、メアリーから奪うとそれをジェーン嬢に渡す。その際に家族なのだからというが、メアリー嬢がそのように何かを与えられることはこれまで無いと言う使用人Aの証言あり(別紙にて名を提示)

・××年×月×日18:15

この日はメアリー嬢の誕生日だが、屋敷には数人の使用人とメアリー嬢のみ。観覧席が三人分しか取れなかったからとカプリコーン侯爵は夫人とジェーン嬢のみを連れて劇場に出立済み。しかし事実はジェーン嬢が観劇を見たいと一言上げたことで見に行くこととなり、侯爵は夫人とジェーン嬢のみを連れて行くこととなる。一人残されたメアリー嬢は食堂で夕食を口にしていた。デザートとして王子の婚約者にと、王から届いた祝いの品であるケーキを使用人が持ってくると、その日初めての笑顔を見せた

・××年×月×日13:00

王子ユリウス殿下が侯爵邸を訪れる。しかし、メアリー嬢の出迎えが遅れる。夫人に部屋の扉に鍵をかけられたため、使用人D(別紙にて名を提示)が、急ぎスペアキーを持ってこようとするが、その間を狙ったかの様にジェーン嬢がユリウス殿下の相手をする。その際にジェーン嬢はユリウス殿下に、姉であるメアリー嬢に辛く当たられてしまうが、どうすれば仲良くなれるかという偽りの相談をする。ユリウス殿下は会って間もないジェーン嬢のいうことを信じた様子。メアリー嬢を冷酷な女と批評

・・・・・etc


それぞれ、自分の名前があるところは覚えがあることばかりだった

事実だと分かってしまう

実際したことなのだから記憶にあっても当たり前なこと

一気に青ざめる

自分が行ったこと、覚えがあることと共に書かれている内容

自分の名前が無いところも信憑性は高い


「カプリコーン侯爵、そなたの件はこれだけではない。先妻であるリリー殿を蔑ろにし、生前から放置していたそうだな。特に彼女が妊娠してからは酷くなったと聞いている」

「そ、それは…」

「何故前王である父上がそなたをリリー殿と結婚させたか理由を知らぬのか?」

「申し訳ありません、聞いた気がしますが、その時はなにぶん「言い訳はよい」」


国王シリウスはカプリコーン侯爵の言葉を遮って止める

何を言おうとしていたか想像に難しくなく、やはり愚か者であると確信づけただけだった

前王からの王命をなんと思っているかじっくりと問いただしてやりたい

一番可能性が高くあるのは興味がないゆえに聞き流していた

命令には背かないが、理由は興味がないといったところだと確信に近く思う

よくこれで侯爵の地位でいられたと思わずにいられない


「忘れているなら思い出させてやろうと思っていたが、最初から聞いていなかったのだな、愚か者め」

「………」

「陛下、私が」

「うむ」


シリウスに断り、宰相であるライブラ候爵が簡潔に説明する


「メアリー嬢の御母堂であるリリー様は現プラント王国、国王陛下の従姉妹にあられます。あとは察する事ぐらい出来るでしょう?」


ユリウスとカプリコーン候爵の顔から完全に血の気が失せる


プラント王国は植物に関して右に出る国はない

観賞用の花や木々、食用の野菜、そして、薬となる草木

どの国より秀でていて、その技術は門外不出

領土こそ、他の大国に比べると狭いが、その国力の高さゆえに大国と位置される王国だ

プラント王国を敵にすると言う事はすなわち、食料問題に関わらず、医療の面でも制裁を受けてしまう。

重要な要人、特に王族は毒殺の危険すらあるのだから深刻な問題だ

毒を用いられた場合、解毒や判別すらプラント王国の技術が必要なため、プラント王国の手の者のが毒を使っても証拠など出ない

自分たちは味方だから手をださないでくれと嘆願する国は出てもプラント王国を敵に回した国を擁護する国は出ない


「なっ」

「一応、説明はされているはずなのですが、もう一度だけ、お教えして差し上げましょう。リリー様の御母堂、バイオレット様は前プラント国王陛下の姉君になります。我が国の前コトバンク子爵と恋に落ち、駆け落ち同然でナイトスカイ王国に嫁がれてきました。名目上、プラント王国では病気療養とされ、後にお隠れになられたとされましたが、両国の前国王陛下間では内々にこの話がされ、神聖国として、中位の地位を持つ我が国ですが、プラント王国からすれば格下。しかも子爵家に王族が嫁ぐなど前代未聞。しかし、プラント王国前国王陛下はバイオレット様が、己で選んだ道とそれを許されましたが、その後に生まれる子、リリー様や現コトバンク子爵を案じられましたので、コトバンク子爵家の研究資金優遇に加えて前子爵のご子息には爵位を相応に必ずあげると約束を致しました。

リリー様の婚姻も血筋に相応の家に嫁いで貰い、身分を上げる事に繋げました。

この件は前宰相の先代カプリコーン候爵が協力に名乗りをあげ現在カプリコーン侯爵とリリー様の婚姻になりました。殿下とメアリー嬢の婚約もその一環だったのですよ。我が国としては、表にはでなくともプラント王国と血縁が結ばれることは利しかなかったのも事実ではありますが、両国王陛下間の約束を違えないと示すものだったのですよ。もう、手遅れですけどね」


一気に話した宰相ライブラ侯爵はため息をつく

もはやカプリコーン侯爵にもユリウスにも反論する意志はない

自分だけでなく国を巻き込む事になる

そうなればいくら我が国が神聖国として重要視されていようと国は衰退の一方であり、最悪、国が滅亡する危機すらあるのだ


「もはや、これまでの生活は疎か、命があるとは思わないことです」


最後に止めをしっかりと刺す宰相ライブラ候爵は冷えた目でカプリコーン候爵とユリウスを見下ろした


「そんなに脅さなくても構いませんよ」


その一声はユリウスにもカプリコーン侯爵にも救いに思えた

それは国王の横に座るまだ名もわからない青年から発せられたとしても


「父の従姉妹どのには悪いけど、済んだ事は済んだ事とし、誠意ある対応を見せてもらえばこちらとしても何もする気はないわけで、それより、今後をどうするつもりだい?こちらとしてはメアリー嬢は国に連れて帰りたいんだけど」

「アイビー殿下、その答は明日以降にお願いできますか?メアリー嬢にはお話し、できる限りメアリー嬢の望みを叶えることで国としての償いをしたいと思っている」

「ふーん、例えばメアリー嬢が王子の命だと言ったら王子を処刑するの?」

「?!」

「愚息のしたこと。責任はとらせます。私も国王として、相応の覚悟はありますのでご心配なく」

「父上!」

「例えメアリー嬢が望まずとも廃嫡はすでに決定事項だ」

「しかし!父上の子は私だけです!」

「廃嫡になる輩が気にする事ではない。我の従兄弟の子と弟の子の婚約が決まってもおる。最悪そこから養子をとればよい」


「そんな…」とユリウスは絶望するが、父親である前に一国の王である以上は知ったことではない

自業自得だ


いつのまにか気を失っている候爵夫人がどこまで聞いていたかはわからない

何がなんだかわからないという顔のジェーンだったが最後は今にも泣きそうに涙を瞳いっぱいにためていた


「酷いです」ともらしたが、カプリコーン侯爵に怒鳴り止められ、それ以上に口を挟む勇気は持ち合わせていなかった


何よりも、王の隣に座る青年

発言内容に加え、アイビー殿下と呼ばれていたことからプラント王国第一王子だと理解すればこれ以上の自己弁護は悪い方向にしか転がらないと理解するくらいには頭があるユリウスとカプリコーン候爵はジェーンを視線だけで黙らせた

勿論、何故ここに?!と思うが、その答えは簡単に想像がつく

メアリーの学院卒業を見に来ていたのだろう

正式な約束事ではなくとも守られているか確める意味も込めて

しかも、お忍びで

内宮に仕えるカプリコーン侯爵も王宮に住むユリウスにも諸外国の要人の訪問の予定など聞かされたことがないのだから




************************



ユリウス達三名は処罰が正式に決定するまで城の一室に軟禁状態となる。

シリウスはメアリーに会うために彼女が待つ控室の前までやってきた


「ここでよい。私が直接話そう」

「しかし」

「国王としてもだが、一人の父親として彼女には詫びねばならん。そなたがいれば私は王の立場から降りることが出来ない」

「…御心のままに」


宰相ライブラ侯爵もついてきたが、シリウスの意志を尊重する形でドアから離れる


これほどドアを重く感じたのはいつぶりか、少なくとも国王の地位についてからはなかったことだとシリウスは思わずにいられない

一人の少女の人生を狂わせたのは間違いなく自分の血を分けた息子であり、子の育て方が間違っていた結果だと言っていい

この部屋にいるメアリーはどのような気持ちでいるのか想像できないだけに、余計にドアが重く感じるが、ただドアの前で立っていても無意味と自分を奮い立たせてシリウスはドアを開けた


ノックも無しに扉が開かれたことで、メアリーはそれが国王だと判断し腰をソファーから浮かしてカーテシーをする


「よい、楽にしてくれ、それにここには私たちだけだ。畏まる事はない。」


シリウスの言葉にメアリーは姿勢を整える


勘が良く、礼儀正しく、厳しい王妃教育にも愚痴をこぼさなかったメアリー

今までその評価を書面でしか見ていなかったシリウスはその一端を初めて見た

惜しかった

メアリーが王妃となれば国は間違いなく安泰だった

愚息のせいでそれも叶わないと思うと歯痒さで顔が歪む


「この度はわたくしの力及ばず、王太子殿下のお心を引き止めることが出来ず申し訳ありません」

「いや、そなたのせいではない。ユリウス自身の行い故だ。気に病むことではない」

「ありがとうございます」


シリウスは対面するソファーに座り、メアリーも倣う


「そなたが何もしておらぬことは分かっておる。王妃教育に力を入れ、他の模範となる素晴らしき令嬢だったと報告を受けている。今回のことは総て愚息の落ち度、引いては父親である私の落ち度だ。申し訳ない」

「いけません、国王ともあろう方がそのように頭を下げられては」

「いや、ここに臣下はおらぬ。なればこれは一人の父親として、人としての謝罪。頭を下げることは間違いとは思わぬ」

「陛下…」


メアリーは頭を下げつづけるシリウスにどうしていいかわからない

ただ、両手を胸の前で握りしめ込み上げて来る感情を押さえ付ける


「愚息は廃嫡とする。これは決定事項だが、そなたに希望があれば叶えたいと思っている」

「そんな…陛下に御心を砕いて頂けただけで私は十分にございます」

「そうはいかぬ、私はそなただけでなく、御母堂のリリー殿にも申し訳が立たぬのだ」

「…………」


メアリーは考えるが殿下や父親、継母、ジェーンの処罰の事など、どうでもいいのだ


「陛下、私は殿下を初め父や継母、ジェーンの処罰に対する希望はごさいません。ですが、今この場で私自身の愚かな思いをお聞きになり私にも相応の処罰を頂けませんか?」

「……それは今、必要な事のか?」

「…はい」

「…分かった、とりあえず話を聞こう」

「…ありがとうございます」


メアリーは覚悟を決め、顔を少し下げて再び口を開いた


「話は母の葬儀の日の事です。その日、父は遅れてやってきました。母の死を悲しむことなく、如何にも面倒事だと言わんばかりの顔をしてました。その父の顔を見た瞬間、私は母の死を悲しむことが出来るのは自分だけ…だと、より実感してしまったのです。それなのに…そ…れ…なのに…私は…わたく…し…は…」


話をしているメアリーの目から涙があふれてくる

母親の葬儀の日に「何があったのか」をシリウスは早く知りたい気持ちになるが、黙ってメアリーが話終わるまで待つことにする

まずはメアリーの話を聞く事が何より大切だと考えたのだ


「泣き出してしまい申し訳ありません。私は…確かに悲しかった…。それでも、葬儀の間だけは侯爵家令嬢として恥ずかしくないようにと涙だけは流しませんでした。」


シリウスは思い出す

国の重要人物と聞かされていた存在であると同時に学友として共に過ごしたリリー。そのリリーの訃報を聞き執務を一時中断して急ぎ葬儀に駆けつけた

葬儀の場には亡くなった母親の面影を強く残す幼い少女は目元を赤くしながらも、葬儀の場では涙は一滴たりとも流さず、気丈に振る舞っていたことを


「その日、私は母の葬儀の日であるにも関わらず悲しみよりも歓喜を覚えてしまったのです。」

「?!」

「母の葬儀に参列してくれた御方の一人に私は一目惚れをしたのです…。恥知らずだと思い、愚か者だと思っていても、母の死によって初めてお目にかかれた…その御方に出会えた事を…。私は悲しみを忘れ歓喜してしまったのです。歳も離れ、ご結婚もされているのは知って、分かってはいますが、その御方に出会えたその瞬間、母の死に対する悲しみを忘れ私は歓喜することを抑えられず、ただ、表に出さないだけで精一杯で、結局…涙一つ母のために流すことはなく、今この瞬間でさえ…恋い焦がれる…。へ、陛下に蔑まれるのが恐ろしく、母の死を悲しめないのです‼」


『?!

メアリー嬢は今何と言ったか?

恋い焦がれる陛下に…だと…?』

親子程の歳の差ゆえにまさかと思いたいがはっきりと告げられた想いに一瞬耳を疑いシリウスは動揺した

まさか、メアリーの話がこの様な内容とは全く予想していなかったのだから仕方ないだろう

いや、婚約者の父親である男に横恋慕していたなど誰も想像などしない


「殿下の婚約者候補の多くの令嬢の中から私が選ばれた際には、王族の一員になれば女の身であっても僅かながらでも陛下の役に立てると喜んでしまいました。婚約発表式典の際に登城し御前に参上できたおり久しぶりに御尊顔を拝見でき、幸せでした。妃教育中も、時折、陛下が様子を見に来られたときは本当に嬉しくて……王妃様は素晴らしい方だったのに、御亡くなりになられたときに愚かな私はあり得ない夢さえ見てしまいした。決して叶わぬ、そう思っても、側に居ることが叶わないなら私には出来る事は陛下の為に殿下を支えることそれだけなのに。私の陛下への想いは消えるどころか強まるばかり。身の程知らずとお思いください。それでも私は、陛下をお慕いする気持ちだけはどうしても…どうしても消すことが出来ずにいました。このような私だからこそ殿下のお心を繋ぎ止める事も叶わないのです。申し訳…ありませんでした…」


シリウスが動揺している間に一気に涙ながらに語られるメアリーの想い

信じられない思いが先行してシリウスは何も言えなかった


「ただ、私は陛下のお役に立ちたく、どんな処罰も受ける覚悟はありますが、少しでもお役に立つ様に勤めますので、せめて駒として…最後まで駒でいることをどうか…どうかお許しください…」


嗚咽を堪えてメアリーは言う

何も、地位も名誉も、高価な品も求めない

想いに対する対価として、臣下に、だだ仕える以外は望んでない


確かに愚かな想いなのかもしれない

自分自身でどういう事か理解しながら無くしきれない想い

そんなものはメアリーの非にならない

この思いに対して処罰を与えるべき事なのかさえ悩む


驚愕し、無言になったシリウスにメアリーは自分の想いが受け入れられないと理解し、堪えきれず涙が溢れ出てしまう

一度口から出た思いは、最後まで止めることは出来なかった


『ダメだわ、こんな愚かな女、母親の死すら悲しめない、慈しめない私が、何より、大役を任されたと言うのにやりとげることが出来なかった私がなんて拒絶されるわ

こんなことなら、何も言わずにただ、陛下の治世に役立つ方を探して嫁げばよかった

その方が陛下の御心に負担もかけず、お役にたてたわ

処罰してほしいと思えど、もっとましな懺悔もあったと言うのに、正直にいたいと思い、それならば始めから話さなくてはいけない事実に気がついて想いを告げるという誘惑に負けた私が愚かだったのよ

ごめんなさい、お母様、こんな親不孝な娘で、ごめんなさい

陛下、困らせるようなことを申し上げ、本当に申し訳ありませんでした

もう二度と姿を現しません

だから、だから

せめて、嫌わないで下さい』


「メアリー嬢」

「っ!」

「私は確かに王妃に先立たれて独り身だ。側妃もおらん。ユリウスを廃嫡した以上側妃、もしくは王妃をもう一度娶る必要はあるが、若いそなたが私で人生を棒に振ってはいかん」

「棒に振るなど、例え、一夜の慰めでも、私には過ぎた夢にしか思えません。そのように卑下されないで下さい」

「ならん。そなたは若いのだ」

「好きで若くなどありません。あの日から陛下との歳の差をどれほど悔やんだことか、後、十年、いえ、五年でも早く生まれていればと何度思ったか、私の気持ちをお疑いならご命令下さい。死も屈辱に塗れた生も私は受け入れ、即座に実行いたします。」

「メアリー嬢!!」


目元を赤くし懇願するメアリーにシリウスは声を荒げた

メアリーの肩がビクリと震える

怯えさせるつもりは無かったが、死や屈辱に塗れた生を送るなど仮にメアリー自身が望んでいても許せるはずが無かった


「許せ、声を荒げた」

「いえ、私も失礼を。申し訳ごさいません。お許しください」


二人の間に沈黙が流れる


「そなたの気持ちは嬉しく思う。しかし、息子の婚約者であったそなたを妃には」

「いえ、妃等高望みはしておりません。知っていただき、想いを抱いていたことを一時でも知っていただいただけで、それだけで十分すぎる幸せにございます。お役に立てなかった上に、不相応な想いを抱いた私です。処罰こそあれ、と理解しております。御優しい陛下の負担になる話をし、申し訳ごさいませんでした」


メアリーはニッコリと笑って見せる

これ以上無様な姿を見せたくない

覚えていてもらうなら、すこしでも気高く、品位ある姿でいたいと


シリウスはそんなメアリーを見て覚悟を決めた

覚悟などしなくてもよいことでも、息子の仕打ちの償いと、真摯に打ち明けたメアリーの想いに応える覚悟をすることにした


「メアリー嬢、今晩はここに泊まりなさい。」

「いえ、わたくしは…」

「明日の朝まで私と共にこの部屋に居てもらう。本来、その様な行為をした場合、メアリー嬢の評価にも関わってしまう行為だが、………このような決断をする以上、そなたを妃にする考えは持つ事にする。王妃、例え、側妃であっても苦労は絶えない故にこれまでのメアリー嬢の事を思えば間違っているかもしれんが、妃教育も真面目に行っており優秀だったメアリー嬢なら反対は、いや、あの愚息の事があるから穏便にとはいかないが、それでも反対は少ないだろう。その上で一晩中、そなたが満足する罰を共に考える事とする。少しは休憩も挟む故に、その時はリリー殿の昔の話もしてやろう。その時はしっかりと夜食を運んでもらってな。

今は考えられる限界がこれなのだ。ただ、やはりメアリー嬢は若い。そしてユリウスの事もある。そなたの思いに応える代わりに少しばかり知恵を貸して欲しい」

「!へい、か」

「望むならこの時のみとなるが名を呼ぶことも構わぬ。朝までメアリー嬢に負担をかけるが、私を許してほしい」

「そん、あ、ありがとうございます」


メアリーには十分だった

本当に妃になれるなど、自惚れるほどの恵まれた人生ではなかった

一晩限り、一生の内において例え短い時間かもしれないが、十歳の頃から一人で抱えた恋心を僅かな時間でも共にいることで叶えることが出来るのだから


ずっと叶わないと思っていた想いが、満たされる



『わたくしはこの瞬間だけで生きていけます』

メアリーを幸せにしたいのでまた、書き溜めで行きます


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