五話
リザードソルジャーを撃退後、ガルダンは腹部の傷の手当を行い、一晩夜営をした。
翌日、一日程歩き、僕らは西部帝国領の小さな村に着いた。
全十棟程の小さな村である。と言っても、倒壊した家の後があり、魔物出現以前はもう少し家が多かったのだろうと思われる。
帝国領地内ではあるが、最西部という事もあり、ファレ教徒が多い。そのため、ミシリア様からの紹介状を持参していた。
ミシリア様からの手紙を渡すと、村長はすんなりと帝国滞在証明を発行してくれた。ついでに、次の帝都行きの馬車が来る日を聞いてたところ、丁度明日来る戸のことだった。
村長さんは、話好きの人のようなので、帝都の話を色々聞く事にした。
まず、帝国領では、帝国民以外は、村に入った後に、入国審査を受け、滞在証明を受ける必要がある。これがない客を馬車は基本乗せてはくれないらしい。
帝国領地内でも魔物とは、それなり出くわす。馬車は、現状確認されている魔物からは基本逃げ切る事ができるため、安全のためにも馬車を利用せざるを得ないのだ。
色々な意味を込めて、馬車道が接続されているというのはとても重要な事だ。
ロラ村、ダラ村と近隣の農村の西部独立村にも、馬車が通っているが、その馬車道網と帝都の馬車道網は繋がっていない。両者には、公的な物資のやり取りが全く発生しないし、実質的な支配も実質不可能である。
西部独立村に、帝都の馬車道を接続する計画があったらしいが、10年前の魔物の出撃で延期になり、そのまま座礁している。
もっとも、西部独立村は、信仰的な理由や、種超結婚のように、権威の問題で帝国にも居れず、連合にいるのも気まずいというあぶれ者達の集まりであるため、魔物が現れなくても実効支配するのは難しいと囁かれていた。
今のご時勢では、遠方の小村の安全を確保するのは苦難であり、村長の村でさえ、帝都に避難してこれないかという打診すら来たほどらしい。
この村の主な産業は、伐採と狩猟である。水資源が豊富で、米を主な農産物とする帝都では勝手がまるで違う。若年層は、既に帝都方面に移民してしまっており、高齢化が始まっている。彼らには、住み慣れた土地を離れて、新しい事を始める吸収力が無い。
帝都から見放されているという印象だが、事実、ここ数年、彼らは帝都からの兵士を税収時以外で見ておらず、冒険者ギルドからの派遣された冒険者達が討伐してくれている。
帝国軍が動かない…それは、つまり緊急度が低いと見られているという事。
兎に角、村長の話によると帝都は西部領域に対して消極的になってきており、将来に対して悲壮感が滲み出ていた。
そんな中で、聖女という存在は、村の心のより所になっているらしい。村長の村だけでなく、ここ数年で、帝都への信用は低下し、聖女に希望を託す者は増えているという。
僕は、ミシリアの影響力の強さをしみじみと肌で感じ、ミシリアは僕の女だという邪な優越感を頭から振り落とそうと懸命になっていた。
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「はい、大人二人、帝都まで。荷物は手荷物だけです。」
「ドラゴュートとは心強い。勿論、何かあったら戦ってくれるんだな?」
「ええ。西部から来る前に、リザードウォーリアの群れを二人で倒したところです。」
そう言って、僕は荷物からリザードウォーリアの尻尾を見せる。
「二人でやったのかい?そいつぁは大したもんでっせぁ。リザードウォーリアと言ったら、1小隊で討伐する対象と聞いてるでや。」
馬車の行商主は、ヒムでなので、僕が値段交渉をしている。護衛を約束すると料金が安くなると聞いていたので、僕らは惜しまずに|実績《リザードウォーリア討伐》をアピールした。
「そいなぁ、負けに負けて、一人50ガランにしておくがどうだい?」
僕が現金を持っているわけではないので、ガルダンの方をちらっと見ると、頷いている。僕らは、50ガランで乗せてもらうことになった。
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馬車というのは存外暇である。僕は、少しでも帝国の事を知ろうと、行商と話をした。
まず、1ガラン=ガラン銅貨1枚であり、それはガラン米を小コップ一杯分と交換が可能である。帝都での最終的な価値の物差は、『米』である。米でのやり取りも通貨によるやり取りとして、課税対象となるぐらいに、米には一定の価値がある物として扱われている。
帝都マッシリアは、島の中央平野のほど真ん中に位置する。水量が多い上に水質が良いガラン川が流れており、ガラン川の水を水田に引いて、大量の米を生産している。
この行商も、遠方の村々に帝都マッシリアからの米を持ち込み、なめし皮や干し肉と言った物を帝都に持ち帰って、収入にしているそうだ。
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「行商!右手に魔物の群れだ! 左に寄って、そのまま進め。」
突然、ガルダンはそう叫んだ。
行商は、手綱を操作して、馬車を左に寄せ、鞭を打って、加速させる。
次の瞬間、僕にも、遠方に馬車道に数体の人影が見えた。
馬車のすぐ右には、スケルトンが駆け寄ってきてる。
彼らは、死を恐れないため、馬車に体当たりを仕掛けてきてしまう。
しかし、馬車は間一髪、スケルトンの脇をすれ抜けていく。
僕は、後ろの覆いを開いて、遠ざかっていく魔物の群れを眺めた。
甲冑に身を包み、大剣を持った騎士がいる。しかし、兜の顔があるべきところは、空洞になっていた。
「あいつは、ゴーストナイトだ。本体が無く、鎧を叩き斬るしかないのだが、あれが堅くてな。その上、剣の腕も魔物とはとても思えん程に立ち、力もある。俺たちの間では、あれをサシで倒せる奴が現れたら、そいつを英雄と呼ぶことにしてるぐらいだ。」
「一応、帝都で出没報告は出しやすが、あれの討伐は事でっせ。
足が遅い奴らばかりで、村を襲わない限りは被害は出ないが、討伐しようと思うと、軍で2小隊を出しても、死傷者が出ちまうって話でさ。
勿論、ヒムばかりの帝都の冒険者ギルドでは、誰も受けたがらずで、自由連合の冒険者様頼みになりやす。」
「行商、あれがいると商売がやりにくくなるのではないか?」
そう言って、ガルダンは大剣に手をかけた。
「いやぁ、丁度馬車道で出くわすなんて、中々ない事ですぜ。それを気にしてたら、こんな商売できねってや。お客さん、まさかあれもやれちまうんで?」
「いつか挑みたいとは思っていたが、邪魔でないなら別の機会にしておこう。アシードも黙って見れはおれんだろうしな。」
そう言うと、ガルダンは剣から手を離した。
ドラゴニュートが戦闘民族であるという事を実感した瞬間だった。
途中の村々で休憩を取り、翌日、帝都に僕らは到着した。
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「グレイフルーツ、一つ3ガラン、ツイレ村からの今日届いたところだよー」
「もぎたてモンドキャロット、3本で2ガラン!いらっしゃいーいらっしゃい!」
「連合産の塩は、要らんかねー!一杯10ガランからだよ~」
馬車は、帝都正門の審査口で停まり、行商と別れを告げる。門の奥からは賑やかな自由市場の雑踏が聞こえてくる。
門番は、無粋に手を差し向けてくる。滞在許可証があるなら出せという事である。
行商からの話では、帝都で滞在許可証を貰うのは難しいとの事だ。滞在許可証が無ければ、帝都に入れず、入れなければ滞在許可証を取る事ができないという行政あるあるの罠が仕掛けてある。
勿論、抜け道はある。
門番に袖の下を渡して、ようやく兵士に監視連行される形で、帝都内の行政官に通してもらえる。そこで、正規審査料と袖の下を渡して、ようやく紹介状の審査や、帝都の市民権を持つ知人などに事情聴衆を行ってもらえるらしい。
最悪、たらい回しにされ、袖の下ループを繰り返して、破産した者もいると行商は言っていた。
そう考えると、村長にミシリアからの手紙だけで発行してもらえた事の有りがたみを痛感する。
「ぼやっとしてないで、マゼニウム行きの馬車を探すぞ。」
僕は、都会の雰囲気の呑まれて、唖然としていた。
何しろ、人が5人しか居ない村で育ち、10人ちょいのダラ村を都会だと思っていた自分である。
帝都が都会と聞いていたが、想像の範疇を超えていた。
流通している品物のグレードは、マゼニウムの方が上だが、人の数では圧倒的にマッシリアの方が多いらしい。
「あ、はい、すいません。」
僕らは、そこらにいる馬車持ちの行商に話かけ、マゼニウムに行かないかと尋ねる。
三人目が、それなら交易ギルドに行けば分かると教えてくれた。
「師匠、なんで最初の二人は、教えてくれなかったんですかね?ただ、首を振っただけで…」
「都会とは、そんなものだ。」
確かに、僕は人が同じところにあまりに沢山いる事に、嫌悪感を感じ始めていた。
それに慣れるために、他人に対して無関心になっていくのかもしれない。
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交易ギルドは、巨大なレンガ造りの建物だった。
入り口では、身分証明の提示を要求され、滞在許可証だけでは不十分で、外国人入場料5ガランづつと武器を預けることを要求された。
中央には大きな棚が何列と並べており、それがずっと奥まで続いている。武装した兵士がそこら中で、棚を監視している。商人と思われる服装の人々が、棚の物を物色している。
棚には、大量の商品が陳列されており、値段と思われる数字が書いてある。
「売り物があるなら右手壁沿いを行け。」
5ガランを払うと、衛兵はそう言った。
「いえ、マゼニウム行きの馬車の日程を知りたいのです。」
衛兵の指さした方向の先には、カウンターがあった。数人の行商らしい人と冒険者が並んでいる。
師匠は、どうやら知っていたらしく、そちらに足を既に運んでいたので、僕は追いかけた。
「マゼニウム行きなら、トロット商会が毎日一便出してます。お一人150ガランで、出発は、日の出と同時で、正門前からです。」
カウンターのスタッフは女性だった。帝都に来て、はじめて聞く敬語だ。
「もっと安いのはないのか?」
カウンター正面に立つ僕の後ろからガルダンが、話かける。
どうやら、トロット商会の便は高いようだ。
払うのは僕ではないので、任せることに事にする。
「ラルフという商人が、明々後日で登録してますね。三人までで、前金で50ガランで予約が取れます。当日予約料とは別に50ガランの前払いです。既に一人予約が居ますが、お二人ですか?」
女性スタッフは、スケジュールが書かれた帳簿を見直して、答えた。
つまり100ガランである。西部から帝都までの距離と、帝都からマゼニウムまでの距離は半分ほどである。それにも関わらずに、料金は倍である。
1ガラン金貨をポンとカウンターに置いて、僕らは予約を取った。
予約が終わると、そのまま交易ギルドの装備品買取カウンターに赴く。
「これを頼む。」
ガルダンはそういうとカウンターに、リザードソルジャーから取った鉄の槍を置く。
カウンターの男は、眼鏡を指でそっと上げると、鉄の槍を覗きこむ。
リザードソルジャーの使っていた槍は、柄が木の物と柄が鉄の物があったが、柄が鉄の物だけを持ってきていた。
「リザードリーダーの槍ですな…
ふむふむ…状態も新品同様です。
品は良いのですが、魔物から得た槍は、正規軍では軍規上使えず、槍を使う冒険者や警備員は少ないので、少しお安くなってしまいます。
600ガランでどうでしょうか?」
「いや、800ガランで買えるだろう。」
ガルダンは、荒げる事なく、やや声に怒気を込めて、言った。
舐められていると感じたのだろう。
金貨8枚を受け取ると、3枚を僕に渡してきた。
「取り分は、400ガランづつ、100ガラン立て替えてきたから、ガラン金貨3枚《300ガラン》だ。」
「え、師匠、僕はほとんど何もしてませんよ。」
「いや、アシードがいなければ、無理に攻めて、かなりの怪我をしていただろう。
それを考えれば、400ガランは安い。そして、これからはお前は自分の分は自分で払え。」
よく分からない理屈だが、自分の分は自分で払いたかったので、僕はガラン金貨3枚を受け取った。
あれ、ほとんど世界観を描写しているだけ・・・?
次から気をつけます!