四話
アランとは裏が取れていたのだろう。伐採の手伝いの休みを貰った翌日に、ダラ村にいる17人全員を集めて、ガルダンから話があった。
この前の冒険者から聞いた話を確認するために、一度マルゼニウムに帰るそうだ。
話次第では、そのまま北方遠征に参戦する可能性もあると、皆の前で発表した。
付いてくる者はいるかと聞かれたので、僕は真っ先に手を上げた。
ガルダンはニヤと笑うと、準備を急げと解散になった。
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翌日、早朝であるにも関わらず、村の全員が出発に立ち会ってくれた。
シドルさんからは、胸部の急所を守るブレストプレートとレザーアーマーを貰い、ラーナさん《エルフ調剤師》からは、各種解毒剤とヒーリングポーションをいくつか分けて頂いてしまった。
彼らには、お世話になってばかりで頭が上がらない。
司祭服のミシリアが、ファレ教式の祝福の祈りを捧げ、それを背にガルダンと僕は村を後にした。
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目指すは、マゼニウム。
マゼニウムは、80年程前にマッシリア帝国が建国された。
ヒムのバーミリア島における影響力が高まっている事を危惧し、ドラゴニュート、エルフ、ドワーフ、ライカンが建設した初の多種族混在を前提とした唯一の街にして、自由連合の首都である。
亜人は、ほぼ例外なく、自由である事に重きを置く。そのため、ヒムが構築している組織的な上下社会とは、根底の価値観とは対照的である。
亜人それぞれの長所が生かされ、ドワーフによる武具を始めとした工業製品、エルフが調合した各種薬、ドラゴニュートの守る堅固な駐屯兵力とライカンによる守られる高い治安。
更にヒムとの交易から得た大量の農業製品がそこに加わり、繁栄するのに、理想的な環境があった。
帝国首都に亜人が買い物などの用事で行く事はほとんどなくなり、ヒムに依存しない経済圏を構築した。
マゼニウムは、帝国領馬車道と接続されている。そのため、帝国領にさえ入れれば、馬車を乗り継いで着くことが出来る。
ダラ村から最も近いツゥセル領の狩猟村を僕らは目指していた。
歩けばかなりの距離だ。こんな距離を歩いてまで、聖女ミシリアに会いに行ったガルダンに興味を持った。
「師匠、これだけの距離を歩いてまで、ミシリア様に会いに行かれたのは何のためだったのですか?」
「占ってもらおうとしたのだ。」
「占う?」
「そう、俺は、魔物が出現するようになった理由を調査している。
その原因を占いか何かで突き止められないかと思ったのだ。」
「様々な危険な場所に足を運んだが、原因は分からずじまい。仲間達も死んでしまった。俺だけでできる事は、多くはない。」
そんな話は、この四ヶ月で聞いた事が無かった。
「そんな大事な任務の中で、僕のために四ヶ月も、稽古をつけてくださったのですか?」
「そうだ。それも、聖女ミシリアには、俺が期待している能力は無かったのにも関わらずだ。」
「自分が何をしているのかと思う日々もあったが…
今は、それでも良かったと思っている。後悔はしていない。
俺の勘がそう告げている。」
僕は、ガルダンに僕の死に戻りの事を話そうかと迷う。
彼は、聖女ミシリアに力を借りに来た人だ。
僕が力を貸して上げられるかも知れないし、何か聞き出せるかも知れない。
信じてもらえたとして、死に戻りには厄介な点がある。
僕にとって死に戻りの後の自分は自分である。記憶があるからだ。
しかし、「巻き戻された」人々にとっては、そこの時間軸にいる自分は、今の延長線にいる自分ではない。
一方、ガルダンは、当然の事ながら、「このガルダン」で決着をつけたいのであって、
「次のガルダン」は、自分ではないと感じてしまうものだ。
ガルダンは、特に自分が何かを成すことに拘りを持っている。
時を待とうという結論に僕は、至った。
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「止まれ。」
と小さな声と共に、静止のサインをガルダンは僕に出す。
その場にしゃがみ込み、遠くを見ている。
それに習って、僕もしゃがむ。
(俺が行く)
ガルダンが、手で示す。
ようやく、僕にも敵が見る。
リザードソルジャーが、5体だ。
槍や斧を獲物として、機敏な動きと鋭い攻撃を、足並みを揃え、連携してくる知能の高い強敵である。
標準的な個体としての強さは、ヒムより少し強い程度だが、冒険者ギルドによる危険度はAという最高ランクの討伐対象と以前教わっている。
出来れば、ガルダンもここでやり過ごそうとしているようだが、何分と彼らの向かう方向とこちらの方向が近かった。
「|Grrrrrrrrrrrrrr!《突撃!》」
ガルダンは、ドラゴンシャウトを上げると、大剣を掲げ、横から斬りかかって行く。
勢いに乗った鋭い袈裟斬りが、左のリザードソルジャーに襲い掛かる!
槍の柄でガードをしようとするが、槍を吹き飛ばし、右肩から左腹に向かって、深い斬撃が決まる。
他のリザードソルジャーは、すぐにガルダンに襲い掛からず、周囲を少しづつ囲もうと動く。
ガルダンは、囲まれないように後ろにさがりつつ、半円の端にいるリザードソルジャーに横切りを仕掛ける。
攻撃されたリザードソルジャーは、ガルダンの攻撃をガードし、他のリザードソルジャーは、一斉に突きを放っている。
ガルダンは、それを後ろに飛び避けて、なんとか回避する。
息を飲む攻防に、僕は釘付けになっていた。
僕がここで付け入る隙はない。
すぐに決着が付くわけではない。決定的な瞬間を待つ…僕はそう決めた。
ガルダンは、リザードソルジャー達の堅実な連携の前に、徐々に体制を崩しているように見える。
そして、スタミナもどこまで続くか心配だ。
しかし… ガルダンは戦う場所を少しづつ調整し、敵の背が僕の方に向くようにしていた。完全に包囲されないようにけん制しながらだ。
「|Grrrrrrrrrrrrrr!《突撃!》」
ガルダンが咆哮を上げると、リザードソルジャー達は、3方から4体が槍を繰り出した。
(いまだ!)
僕は、茂みから飛び出し、ガルダンと僕の間に居たリザードソルジャーの首を背後から切り落とす!
咆哮の音に合わせた上、敵は攻撃に集中しており、首が落ちる事に気づくこともなかったようだ。
ガルダンは、横払いで槍の3本弾き、横腹に一本が刺さっていた。
槍を弾かれたリザードソルジャー達は、大きくバランスを崩している。
僕は、そのままバランスを崩したもう一体のリザードソルジャーの右足を切った。完全に切断できなかったが、リザードソルジャーは転倒する。
転倒したところに、喉に剣を刺し、僕をトドメをさした。
もう一体はガルダンと二合三号と凌ぐが、上段を受けきれず、槍の得がひん曲がり、逃げようとしたところを背中から斬られて、絶命していた。
僕の方は、残りの一体に対して、守勢に徹し、槍の猛攻を確実に剣で軌道をずらして耐える。敵の攻撃は焦りのあるフェイントを交えない荒い攻撃だ。
ガルダンの方をちらっと見ると、剣を地面に突き立て、傍観の姿勢でいる。
突きを避けて、僕は、踏み込み槍の間合いの中に入る。
槍というのは、間合い内に入られると滅法弱い武器である。
リザードソルジャーは、持ち前の俊敏でその間合いを調整し、アウトレンジから敵を一方的に突く攻勢に優れている。
なんとか距離をとろうと後ろに下がろうとするが、それに肉厚して追いつき、剣を振るう。
追いつくのに精一杯で、鱗の皮膚を貫通した致命傷が入らない。小さい傷を与えていくが、敵の動きは鈍らない。
次の瞬間、敵は大きく後退に飛び退いた!
(チャンス!)
僕も大股で前進し、上段に振りかぶる。
しかし、リザードソルジャーの『背中』から、ガルダンの大剣が生えていた…
あっと思ったのも遅く、剣を振り下ろす前に、別のリザードソルジャーの死体を踏んづけて、転倒し掛けていた。あのまま行けば、僕はバランスを崩したところに痛烈なカウンターを貰っていた…
「油断したな。だが、勉強になっただろう。」
「はい…己の勝ちを確信して、周囲の警戒を怠りました…」
「戦いとは、相手の息の根を止めるまでが戦いだ。
俺がやったように、油断を誘い、勝ちを確信させ、綻びを生じさせる。
当然、それは敵もやってくる事という事。」
「相手の感情的な気迫に負けず、それを逆に突いたところは見事だった。
戦いの殺気に飲まれる奴は、何も出来ないで死んでいくからな。」
リザードソルジャーの討伐換金部位は尻尾の先である。
5つのリザードソルジャーの尻尾とリーダークラスの槍を一本頂戴して、その場を去った。