三話
「まるでなっとらんぞ!貴様は、何年剣を振ってきたのだ!
こうだ!脇が開きすぎだ!
踏み込みが浅い!もっと腰を使え!
なんでそんな事言われないとわからんのだ!」
ダラ村に避難してきてからは、ガルダンの稽古を受けていた。
この4ヶ月で、今まで築き上げてきた自己流の剣を、全否定され、真っ白になったキャンパスに、ガルダン流剣技に塗りぶされていくのを感じていた。
「今日はこれまでだ。飯を食ったら、午後は、アレンの手伝いだ。」
ダラ村は、ロラ村からの避難民4人とガルダンが滞在するために、各家が一人づつ別々に僕らを引き取ってくれた。勿論、皆なんらかの作業に従事しているが、午前中だけは、ガルダンが稽古をつける事が許されている。
ガルダンは、午後は見回りに出ており、夜に戻ってくる。大抵は何もないのだが、二度ほど魔物を討伐してきている。そのため、村の治安は守られ、ガルダンが住むようになってから、一度も村に魔物が現れたことはない。
「どうですか、若きの勇者は?」
それぞれの食事が終わり、ミシリアは、ガルダンを呼んでいた。
ミシリアは、ガルダンにお茶出しをしつつ、尋ねる。
「まるで無茶苦茶だ。ヒムの戦士は、戦闘技術だけは秀でた者が少なくないが、アシードはそれがなっていない。」
「ただ… 自己鍛錬の成果か、筋肉と骨格の作りはしっかりとしておる。何より体のバネに柔軟性がある。反射神経も中々のものだ。魔物を倒し、魔素を幾分か取り込めば、ドラゴニュート並の基礎身体能力が身に付くかもしれん。
ドラゴンスケイルが奴にもあれば、一人前のドラグォーリアになれるかもしれんが残念だ。」
ミシリアは、それらの言葉からアシードへの期待が見て取れた。笑っていたガルダンが、今度は厳しい顔になる。
「身体能力が先に身に付けば、それに頼り、剣技を疎かにする者を散々見てきた。
今が大事な時のだが、少し俺も顔出せねばならぬところがあってな、村を少し空けて、連れ出したいと思っている。
構わないか?」
「アシードの事は、お任せ致します。ガルダン。」
聖女の司祭服ではなく、普通の村人の服を着たミシリアは、笑顔で応じる。
「何を着ても、様になるものであるな、流石は聖女殿。」
「褒めても何も出ませんよ、ガルダン。」
そう言った矢先に、調理場に立ったミシリアは、慣れない包丁で軽く指を切っていた。
「前言撤回させていただくとしよう。」
二人の間で、笑いが起った。
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「二人は、次の一本が終わったら、明日から暫く休んでいいぞ。大分木材は足りてきたからな。暫くは、組み立てるだけだ。」
アレンは、笑顔が素顔の一部に張り付いている修行僧のお手本のような壮年男性だ。
とても物静かだが、手先は器用で、縫製、木工、料理と修道院での実務を一手に担ってきた。アレンのお陰で、ミシリアは、聖務に集中できていると言っても過言ではない。
ダラ村での生活が一段落し、ダラ村に、新しい修道院を作ろうと大工仕事までこなしている。僕とシーダは、その手伝いに来ている。僕が、斧で伐採をして、シーダと一緒に運んでいく。
シーダは、僕と同期に孤児院に入ってきた所謂幼馴染だ。北方の農村に子の産めない夫婦がおり、1年も孤児院に一緒にいないうちに、引き取られてしまった。
決して、顔が整っているわけではないが、愛嬌があり、明るい女の子である。
そう思っていた。
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「ねぇ、アシードは、旅立っちゃうよね。ガルダンさんとの修行が終わったら。」
僕とシーダは、同じ切り株に腰を卸して、背中を合わせて座っている。
「そうなるね。この調子だといつになるか分からないけどね。」
「ただ、この前、村に立ち寄った冒険者の話だと、マッシリア帝国が北方領のゴブリンキングを討伐するために、大きな遠征の準備をしてて、冒険者を沢山募ってるんだって。」
「そっかぁ、でも、ガルダンさんがいなくなったら、この村も危なくなるんじゃない?」
「シドルさんとラーナさん《エルフ調剤師》もいるし、狩人の二人もかなりの腕前だよ。僕らが来る前から、この村は、魔物から身を守ってこれたからね。心配する事はないよ?」
「えー…そこは、『僕が、シーダを守るから安心して』って言うところなんじゃないのー?」
「僕は、兎に角ガルダンさんに付いて行くよ。これは強くなるためのチャンスだからね。」
切り株に背中合わせで座っていたが、シーダはこちらに向きなおして言った。
「アシード。不安なのよ、私。」
シーダは指で、僕の背中を優しくなぞっている。
「そりゃ、僕だって、心配さ…」
といいつつ、聖女の顔が浮かぶが口には出さない。
「小さくて子供だったアシードも、今ではこんなに大きくて頼れる背中を…」
そう言って、シーダは、背中に顔を乗せてきた。
「シーダ、やめてくれ。」
「どうして? 確かに少し不安で、情緒不安定になってるかもしれないわ。でもいいじゃないの、こんな世の中で、気休めがあったって!」
シーダは、声の怒気を込めながらも、涙を目に溜めていた。ここでシーダを拒絶すれば、涙は決壊する事が容易に想像がつく。
僕は、投げやりな態度になってしまっているシーダと心身共に成熟聖女様を比べてしまっている。そして、心がスーと冷えていくのを感じていた。
「僕には、想いの人がいるんだ。」
「ミシリア様の事が大好きな事ぐらい、ずっと昔から気がついてるわよ!
だから、なに?それは、それ。これは、これって、割り切れないの?。」
「いや、その、僕の中では、まだ、終わってないんだ。」
ミシリア様と一度だけの関係を持った事は、さすがに言えない。
それでも、シーダの言葉は、僕の心に突き刺さっていた。
「はぁ!?馬鹿じゃないの?あのお方はね、私達とは違うの。
この一寸先は闇の世の中で、ずーと先まで光で照らそうとしてる凄い人なのよ!」
「僕も、その光とどこまで一緒に行けるのか試したいんだ。僕が、やれるところまでね。」
僕は、はじめて後ろを振り向き、シーダと目を合わせた。
シーダの目には、何も映らず、ただ虚無が広がっていた。
「アシードはもっと普通の人だと思ってたわ…」
シーダは、バカバカと呟きながら、何度も何度も僕の背中を叩いていた。
恋愛ドタバタは終わり、次話から冒険が始まります。
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