二話
ミシリアは、ゴブリンがどの方向から襲撃してくるかを僕から聞き出し、アレンに罠を仕掛けておくようにお願いした。
『夢の中』では、扉を窓から孤児院の中までゴブリンが進入してしまい、ミシリア様を守ろうと、シーダが大怪我をしているし、アレンも片腕を失っている。
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夕方、日が沈んだ直後であった。
鬨の声が、森から上がり、夢が夢でなかった事が証明されてしまった。
多種多様な獲物を片手に、ゴブリン達は、野獣避けの村の柵を潜り抜けてきた。
戦闘要員である僕と、ガルダン、アレンは、肥料用の藁の山に潜んでいた。
ロラ村は、村と呼ばれているが、建物は二つしかない。
修道院と孤児院を兼ねている教会と、汚れる肥料や道具を保管する倉庫だけである。
勿論、教会のほうが圧倒的に大きく、自然とゴブリン達の目はそちらに向く。
扉は、基本木製ではあるが、金属強化された重厚な物で、ゴブリンどころがオーガに叩かれても、壊れない堅固な作りになっている。
今までの小規模な魔物襲撃も、この扉のお陰で耐えれてきた。
死に戻り前の襲撃でも、ゴブリンは小窓から入れる事に気がついていれば、教会の中に入られる事は無かったのだ。
ゴブリンは興奮した様子で、教会の扉に群がる。
そのまま、夜でなければ見分けれた簡易な落とし穴に落ち、張り詰めたロープに引っ掛かっていった。
「|Grrrrrrrrrrrrr!《突撃!》」
|ガルダン《ドラゴニュートの冒険者》の咆哮のような呼び掛けを皮切りにして、僕とアレンは、それに自然と体が続いていた。
士気というのは、頭ではなく、体に作用する物なのだなと僕はふっと思っていた。
逃げるゴブリンを追い回し、一体も逃がす事なく、撃退した。
だが、【今回】は、|ガルダン《ドラゴニュートの冒険者》だけが活躍したわけではない。
僕も、五体は仕留めている、初戦の興奮を隠せないでいた。
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修道院の食堂で、4人は席についていた。シーダは、お茶入れをしている。
「それで、聖女殿は、これからどうされるおつもりか。」
きた。
死に戻り前は、この質問に対して、ミシリアは、修道院に残る意思を告げると、ガルダンに連れ去れてしまったのだ。
僕とアレンが束になっても、ドラゴニュートにして歴戦の冒険者であるガルダンには、足元にも及ばない。それでも戦おうと僕は覚悟を決めていた。
「ダラ村に避難しようと思います。」
しかし、ミシリアの回答は違った。
「わたくしの我侭に付き合ってくださる方々の命を、無碍にするわけにはいきません。」
「ほぉ、分かればいいのだ。その通り。聖女殿は、人の上に立つ者。下の者の命を優先してこそだ。」
「それは少し違います。ガルダン。」
「わたくしは、聖女です。わたくしの聖務のために、命を投げ出してくださる方は、ベルハラにて、大きく報われることでしょう。ガルダン、あなたも同様です。」
「ほう、それは大変ありがたい事だ。」
ファレ教徒ではないガルダンは、失笑しつつ、皮肉気味に返した。
やや間が空き、ミシリアが沈黙を破った。
「ガルダン、何故、あなたはわたくしを連れ去ろうとしていらっしゃるのです?」
「…… 何のことだ?」
「貴方の正義とわたくしの正義、それをあなたは武力で解決なさろうとしている。それもまた良いでしょう。あなたは、厳しいなりをしていますが、実はとても優しいお方です。
でも、私はそれを望んでいない…仮にわたくしを守ろうとする者たちが犠牲になろうとも。
何故だと思いますか?」
「命より大切な物があると言いたいのだろう。」
「いえ、違います。」
「それが彼らの望みだからです。」
「わたくしは、沢山の方々に希望を託されてきました。」
「ガルダン殿に、言われるまでもなく、果たして、わたくしにそれほどの価値があるのか?悩んでまいりました。」
「それら全てを、わたくしは受け入れる事にしました。それがわたくしが聖女である所以です。」
「して、その聖女殿に何ができるというのだ!」
「聖女殿は、ここで祈りを捧げ、死者を葬り、共に悲しみを分かち合う。
確かに、人々の心の支えにはなっておろう。
今回はたまたま襲撃を予期したようだが、俺はこの村を救えたぞ。」
「それは違います。
お手伝いしていただいた事には、感謝申し上げますが、ガルダン殿がいなくても、私達は、守れました。」
確かに守れたと僕も思うが結果論だとも思う。
「しかし、ガルダン様を別の件で、必要としております。」
「言ってみろ。」
「アシードに剣の稽古をつけて下さいませんでしょうか?」
突然、話の中心が僕になり、驚き、ミシリアを見る。
にっこりと微笑をたたえつつも、目の奥では、火が燃えているかのような熱意に満ちていた。