7.『He is a heterodox figure.』
He is a heterodox figure.(彼は異端だ。)
「ウィリアム様!」
「ウィル」
おっと訂正が入った。愛称呼びは慣れないな。
「慣れずに申し訳ありません。えと、ウィル様。その婚約者って仮の姿ですよね?いつ私との婚約を破棄してレティシアを婚約者として正式に発表されるのかを伺いたいのですが……。」
私を助けてくれるためにわざわざ婚約を詐称してくれたことについては彼に感謝するが、婚約発表の寸前でウィル様をレッティから奪ってしまった形なのだ。レッティに申し訳なさすぎる。というか悪夢である。
「なぜ、婚約破棄が前提なんだ?陛下がコレ―辺境伯の娘のどちらか、とお決めになった。私にはどちらでも同じだ。今は従うしかない。」
そうウィルは軽く言い放つ。一瞬、彼が忌々し気に眉を顰めたように見えた。
「は?」
「レティシアだろうと君であろうとコレ―辺境伯の大切なご令嬢たちに変わりはないだろう?私は、どちらであろうと構わないよ。」
そう目の前の男はきっぱりと言い放ちまた冷たく微笑む。
……なに言っちゃっているのかなー、この人は。
レッティと私とどっちでもいいだって?
雲泥の差だってわかっているから、さっき二人は似てないとか言っていたのでしょう?
レッティのあの天使のような外見に、頭の回転の速さ、努力家なところ、そして優しさなどどこをとっても彼女に私が勝る所はない。
しいて言えば、食に対する意地汚さとか大雑把さだろうか。(←貴族のご令嬢としては勝ってはだめなところ。)
ましてや、この4年間彼女はお妃教育を頑張ってきた。
かたや、私はといえば、貴族の嗜みなどよりもっと実践的な生きる術を学ぶのに力を注いできたのだ。庭や近所の野草で食べられるものの見分け方だとか、野菜の長期保存の方法だとか、王都の安い店の発掘だとか、残り物でもう一品作るレシピの開発だとか。
それを『どちらでもいい』ですと?
どっちでもいいわけあるか、こんにゃろう!
思わずくつろいだ様子で隣に座るウィルをぎっと殺気立った目で睨みつける。
もう心の中では様付けなんかしてやらん!お前はウィルだ!
ウィルめ、ゲームとは違うんだろう?そうだよ、お前は噛ませ犬の私じゃなくて既にヒロインが婚約者だったんだぞ!?
なにか?もう一回私のひどさを実感して『やっぱりお前が一番大切だよ、レティシア』とかなんの?いやだー、噛ませ犬も更に噛ませ犬ではないか!やめてくれこれ以上私を無様にするのは。それでは、ゲームの中同様に行き着く先は死ぬか罪人のレッテルを張られての国外追放ではないか。それなら自ら出ていくって。
と言いますかだね、この男。あの可愛い天使のレッティから恋心を抱かれておいて、それをぽいっと簡単に捨てるような真似をよくもできるな。
いや、直接レッティに確認したことはないんだけど、あの権力欲なんてない可愛いあの子が婚約話に二つ返事で頷いたのを考えると、ウィルに恋した以外には説明がつかないものね。
さらに、知っているか彼女の噂。
『傾国の美女』だぞ?このご時世に傾国の美女だぞ?(大切なことなので二度言いました。)
どれだけの貢物が届くか。それだけで辺境伯の領地にある孤児院大助かりだわ!
って、脱線した、こほん。
とにかく、当初は政治的な婚約だったかもしれないが、4年間も自分の隣に立つべく努力している可愛い女の子がいたら、そこは普通、恋に落ちるだろう!?
……王子様って恋心もわからないのかしら。
もしかして初恋もまだ!?いやでも、あの美しいメイドたちに囲まれていたら一人や二人は惚れてるよね。そうか、年上好きか?
それとも、もしかしてそっち系なのかしら?
ふむ。一考の余地ありだな。弟王子様との二重に禁断な恋とか?いいね、ありだよ!
脳内で彼にウィンクをしてサムズアップする。
「アリシア、君、失礼なことを考えているだろう。」
そう言われたはっとする。
「いえ!そんな。ウィル様は初恋もまだなお子様なのかな、とか、そっち系かも?とか考えていませんよ!?」
って、思わず考えていたこと駄々洩れの答えを返してしまった!
「……どう巡り巡ってそんなことを考えるに至ったのか君の頭の中を覗きたくなる回答だな。」
セ、セーフ!よかった、怒っていない。ものすごく呆れかえった表情と声だが、怒ってはいない!
「ええと。よく失礼なことを考えているってわかりましたね。」
話をそらしたくて、上擦った声でそう尋ねる。
「君の目はわかりやすい。」
は、と声にだして笑った後で、私を見てそう微笑む。
今なら、聞いてもいいかな。
「あの、国宝の宝石を壊した罪ですが、」
ウィルが庇ってくださったけれど、本来なら死刑だ、と思い出す。その続きを口にしようとして口ごもった。さっきまで、生きて、貴族じゃなくてもいい、貧乏でもいいから幸せになりたいと思った気持ちが萎れていく。
いや。もし死刑でも、恩情がほしい。
レッティ、ルーカス父様、カレン母様、コレ―辺境伯で仕えてくれる人々。皆には罪はない、できるなら私にだけ償わせてほしい。
「あの。」
「君は私の婚約者だ。咎めはない。」
私が意を決し言う前に、そうウィルから言われてがばっと身を起こす。
ウィルは、遠くを見るような目つきでぼそりと呟く。彼が上の空で手元の赤ワインを揺らして空気を含ませていく。閉じていたワインの芳醇な香りが花開きこちらにまでその香りが届いた。
「彼が、君に跪いた。」
彼?あの、私が宝石を壊した後に姿を見せたあの狐目の男のことだろうか?
「君は『クロノス』を知っている?」
そう問われて、ふるりと首を横に振る。
クロノス?
「彼の本来の名を知る者は既に無く、徒に時を重ねる亡国の王につけられた異名が"時"だ。古の"時"の名を冠する者。彼は世界の均衡を一人で崩せる危険な男。古の智を識る現世の異端。世界の終末を一人歩む者。」
告げられた言葉がなにを言っているのかわからず、頭の中で"?"と疑問符を浮かべる。
なんだその厨二病発言は。
「彼、クロノスは亡国の王の成れの果て。今の世界では廃れてしまった人外の法を使える唯一の生き残り。……魔法使い、魔導士、そんな風に言われる存在だ。」
更に告げられた言葉にも私の疎い脳はピンと来ずに首を傾げる。
とりあえず、先ほど私の前に現れた男性=クロノスってことでいいんだよね?
魔法使いってなんだそれ。ファンタジーすぎるだろう。ここ現実社会だぞ?
そんな私のなに言っちゃてんだこいつ、っていう疑惑の目が分かったのだろう。彼が私に目を一瞬眇めた後で、冷たく微笑む。
「私も初めは信じられなかった。どこの御伽噺かと。実際に彼に会ったのは今日が初めてだ。だが、二百年前の姿絵そのままな姿と力に、すぐに彼がそうだと思い知らされた。」
王や弟にも見えていたようだけどね、と意味の分からないことを小さく言う。
ぐいと彼がワインを呷る。
「彼は我が国の初代の王の時代の書物にも登場する。もっと古くから在る存在だろう。彼の持つ力は異端だ。伝説上とはいえ、私たちは彼をずっと注視していた。とはいえ、ここ百年は姿を見せることもなかったのに、」
そこで一旦彼は言葉を区切り、私に目をやる。
先ほどまでどこかに意識を飛ばしてゆったりとしていた彼の周りの空気が一気に冷え、緊張感ををはらむ。ウィルのゆっくりとだが鋭く向けた視線に捉えられ、肩が意図せずびくりと跳ねた。
「アリシア、彼は君に何を言ったんだ?」
「いえ、なにも。名前を聞かれたくらいです。」
「そう。……彼の言動は、大きな影響力を持つ。彼が跪くなら、君を放置するわけにはいかない。それが、レティシアから君へ婚約を変えた理由だ。」
そう言われてもなぁ。
ウィルが注視していると言った、私に膝をついた男を思い出す。
それは細身長身の、グレーの髪がさらりと揺れ、翡翠の瞳が覗くその狐目を糸のように細めて嗤う若い男だった。落ち着いた対応は外見より上に見えるが、それでも自分と同い年かちょっと上くらいにしか見えなかった。
ふむ。オッケイ、確信した。うちの王子様、厨二病だったわ。
ウィルの纏う空気も瞳も冷たく凍えているのを見えなかったふりをして、自分の中で一人納得してうんうんと頷く。
「アリシア、また失礼なこと考えているな?」
そう言われてぐいっと腕を引っ張られて我に返る。
あれ、ばれてる。
『オーソドックス』って普段でも使いますよね。正統派なこと。その名詞が"orthodoxy"(正説)。この"ortho-"は「まっすぐな、正しい」という意味があって、逆に今回タイトルで使った"heterodoxy"の"hetero-"は「異なった、他の」って意味があります。
ファンタジー要素を入れたい!と思い立ちこれを書き始めたのですが、そう言えば作者、ゲーム(乙女ゲーム含め)しないし、ファンタジー小説もそないに読まないし、あれ最初っから詰んでるなって今更気がつきました。まぁ、なんとかなりますよね☆
お読みいただき、ありがとうございます☆