6.『You've got to see reality.』
You've got to see reality.(現実を見なよ)
「なにを考えている?」
そう問われてはっとする。
あまりの緊張からか、思わず過去にトリップしてしまっていた。
危ない危ない。王子様放置はだめだろう。
「大変申し訳ありません!」
「別に、謝るようなことじゃない。君はもう16歳だったね。」
そう言われてグラスに注がれた赤ワインを、どうぞ、と渡される。この世界では、16歳から飲酒が許されている。
彼に手渡されたグラスのステムを掴み、胸元へと寄せると僅かにアルコールの香りが漂う。
彼に促されるままに、グラスを小さく合わせると高い音が鳴り、耳の奥に響いた。
そっと上目でウィリアム様を見ると、彼はワインに口をつけ、お疲れのようで胸元のタイをくつろがせてふっと艶やかなため息を吐く。
お色気がすごいです!役得ありがとうございます!御馳走さまです!と心で拝み、その麗しい様子を肴にワインを舐める。って中身がおっさんでごめんなさい!
いやでも、間近で見ても本当にきれいだし、かっこいい人だなぁ。
さらさらな金髪に切れ長の赤いルビー色の瞳。
噂で聞くに、ウィリアム様は17歳とまだ成人前にも関わらず、既に王の補佐として多くの仕事を任されており、その手腕には皆一目置いているという。
……これは余談にはなるし不敬だ。口になど出せはしないが、『王より王らしい』、と陰で囁くものすらいる。
ゲームの中で彼は冷静で完璧な王子様キャラだったものね。
そりゃ当然、出来はよろしいですよね。
第一王子でありいずれ国を支えていく重圧を飲み込み、その身を賭して国を良くするために努力を重ねる強い人。
一つしか、変わらない。それどころか、前世も入れればもっと私の方が年上なのになぁ。つらくて逃げることばかり考えちゃうような私とは、やっぱり違う。
流石メインヒーローだなぁ。
自分は自分だし、他人は他人だ。比べるものではないとは思ってはいるが、それでも思わず自虐的になり俯くと、波紋を作るルビー色の液体の中に自分の弱り切った情けない姿が映し出されて目が合い、苦笑いする。
大丈夫、わかっているわ。
彼の隣は、レッティみたいに朗らかで努力家で素敵なレディが相応しい。
ヒロインはレッティで、私はただの噛ませ犬だものね。
当たり前のことをうじうじ考えても仕方がない。私は生きぬいてそれなりの幸せを手に入れることを考えないと!
よし、アリシア!
コマンドは、『バッチリがんばれ』だ!
「あの、ウィリアム様!」
意を決して彼に話しかけると、彼はゆっくりとこちらに視線を向ける。
「ああ。そうだ。婚約したのだ、君に言いたいことがある。」
「え?」
先手を取られて、意気込み握りしめ行き場を失って彷徨う私の左手を、ウィリアム様が片手で取り下げる。
「その、君の雄弁な瞳で私は"完璧であるべき"と押し付けるのはやめてくれ。」
「え?」
「君、いつもレティシアの陰から私を目で追っていただろう?それも随分と熱のこもった目で。」
ウィリアム様はそうつまらなそうに言って、もう一口ワインに口づける。
──は、は。なにを自惚れたことを仰っているんですか。
そう否定する言葉を吐きだそうとしたが喉の奥で詰まってしまって出てこなかった。
だって、彼が言った言葉は半分以上本当のことだったから。
否定するタイミングを失って、頬が赤く染まっていく。それはまごうことなき肯定の返事となり、恥ずかしさに俯く。
幼いあの日、初対面で助けてくれたのが嬉しくて恋に落ちて、その後にあっさりとその恋は終わった。
けれど、彼に無関心になることはできなくて前世からの憧れなのか単に彼の顔が好みなのかはわからないが、確かに彼の言う通りウィルを見つけては目で追い、レッティに悪いと首を振って目を反らしてきた。
ばれているとは思っていなかった。
淡い恋心を無遠慮に指摘されて、唇を噛む。
「君の目はわかりやすい。」
くすり、とウィリアム様が笑う声がした。
「私は君のおままごとに付き合うつもりはないんだ、アリシア。今の君はまるで物語中の"完璧な王子様"に憧れる夢見る少女だ。」
そう言われて、なにも答えられない。手にしたグラスの中で、ワインが揺れ幾重にも波紋を作っては消えていく。
「君は私のことなどなにも知らないだろう?見ようともしないくせに、なにを根拠にそうも強く思いこめるんだ?アリシア。」
訝し気に、されどどこか面白げに囁く王子殿下の声に背筋に粟立つ。
「私にも弱さもあるし、怒りもある。単なる常人だ。正直に言うと、君の雄弁な瞳で"パーフェクト"あるべきと押し付けられるように見つめられるのは、不快だ。」
柔らかい口調でしかしはっきりと彼が言う。
「君の理想を私に押しつけるな。」
そう言われて怯んだが、でもだって、と心で弁明する。ゲームでの貴方はそういうキャラだったじゃないか、と。
ウィルが私の髪を一房取り引っ張られ、つられて顔を上げる。
「今までは婚約者であるレティシアの姉というだけの関係だったから言う必要はなかったが、これからはそうもいかない。君は理想や夢の中の私ではない、現実の私とともにこれから歩んでいくんだ。」
髪を一房掴んだまま寄こした感情の伴わない微笑みに肩を震わせたじろぐと、彼は面白そうに目を眇め掴んだ私の髪にキスを落とす。
「歪んだ認識の上では、その後の判断や行動も間違いやすいよ、アリシア。まずは何事もありのままに見て、それをそのまま受け入れなさい。君がもう少し大人になり、お互いを尊敬できるような対等な関係となれることを私は望んでいる。」
彼が優しい声色で私を非難する。その強く光る赤い瞳に射抜かれて、私は反射的に謝罪の言葉を吐く。
「……申し訳ありません。」
確かに、相手から信じてもらえるのは時に力にもなるが、それは諸刃の剣だ。
一方では、単なる理想の押し付けであり、ただ鬱陶しく不快なものへと成り下がる。
現実を見ろ、と言われて思い知る。
流石メインヒーローの完璧王子様、かっこいいなぁだなんて浮ついて、彼の努力もなにも知らずにゲームの設定だものね、と先ほどまで思っていたもの。
現実だと知っていたはずなのに、まだ心のどこかで現実をゲームの中と混同していた。
口から先に出た謝罪だが、相手に失礼なことをしたと反省して項垂れる。
「……君は、レティシアとあまり似ていないね。」
「え?」
外見が?私はカレン母様似だし、レッティのように美しくはないけど。
それとも中身?しっかりしていないってことかな。うう、レッティと比べられたらそりゃぁどっちにしろポンコツだものね。
「ポンコツですみません。」
ぺこりと頭を下げると、はは、とウィルが小さく笑う。
「君は素直だ。」
さらり、と髪を撫でられて彼が頬を緩ませ小さく笑う。
「婚約者になったのだものね。私のことはウィルと呼んで。」
今までそっけなかったウィル様の声に感情が籠り少しだけ優しく聞こえた。
「ウィル、様。」
愛称呼びを許可され、そう彼の名を呼ぶと彼は目を弧にして微笑む。
和らいだ瞳が優しく見える。ほんのちょっと心を許してくれたように思えて嬉しくなって心で小躍りしてしまう私は、ちょろいのだろうか。
ごめんなさい、反省したけどやっぱりウィル様かっこいいわ!
……はっ!だめだろうアリシア!この人はレッティの婚約者!
そうだよ、レッティのことだよ!
ウィル様に、助けてもらっておいてなんなんですが、私との婚約発表なんてその場しのぎの嘘ですよね!?って聞きたかったんだよ!
いやまぁ、あれだけ公の場で公表されたのだからそう簡単に撤回されるとは思っていないけれども、彼にはレッティがいるのだ。
「ウィリアム様!」
そう、彼に思い切りよく話しかける。
"have to"「~しなければならない」(義務)と同じ意味で使える"have got to"ですね。ちょっとニュアンスに違いがありますが。
"have got to"から"have"を省略し更に"got to"を短縮して"I gotta ~ "と使う人も多いそうですよ。
I gotta write my novel.(小説書かなきゃ~!)
お読みいただきありがとうございます☆