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5.『The play ended, so I was going to exit.』

 






 翌朝、というよりは昼近くまで疲れ切って寝ていたが、メイドからの声がけにより目が覚める。

 打った頭はズキンと痛むし、体は泥のように重たかったけど、意識はスッキリとしていた。

 思い切り泣いたのが、良かったのだろう。

 窓から差す健やかな光が、昨日の真っ黒なドロドロぐちゃぐちゃな感情や冷たい死の気配といったものを追い払ってくれているようだった。


 お茶会でのウィリアム王子様との懇談の場への同席を求められていたが、体調が思わしくないと拒否する。その回答に、メイドたちは顔を顰めていたが私は譲らなかった。

 せっかくこの日のために用意した豪華なドレスはどうなさるんです?まったく、とため息混じりにチクリと嫌味をさす。メイドは、その日のために誂えたドレスは、その後二度と着ないと知っているからそう言ったのだ。これだから我儘なお嬢様は、と声に潜む小さな悪意の欠片に、昨日まで同様に反応してメイドなんかに関係ないじゃない!と思わず言いそうになる。

 それでは、だめなのだ。変えよう、アリシア。

 喉に詰まった息を大きく吐いて、彼女に笑顔を浮かべる。


「ドレスは他の機会に使わせていただくわ。気にかけてくれてありがとう。」


 そう言うとメイドは怪訝な顔をした。


「本当に体調が悪いの。申し訳ないけど、父様たちには出席できないと伝えてもらえるかしら?お願いしますわ、ドナ。」


 ドナ、と彼女の名前を呼ぶと、ドタバタと雑な足音を立てて部屋を歩いていた彼女が動きを止める。ありがとう、申し訳ないけど、お願いします、など言ったことがなかった言葉を使ったからなのか、それとも名を呼ばれて驚いているのか。

 ドナが、なにか信じられないものを見たように私に視線をよこすが、怯まないよう、意識して口角を上げて微笑む。

 彼女が気圧されたように目を背けて、先程より静かな足取りでドアへと向かい、伝えておきますお嬢様と頭を下げて出ていく。

 アリシアは使用人たちの名前は全部覚えていた。今まで呼ぶ必要性を感じていなかったようだけど、名前は大切だ。ちょっと今回は怖がらせてしまった気がするけど……。


 ふ、と小さく、息を吐く。


 相手に悪意をぶつけれたから悪意を返す。そんなふうに流されるままではなく、起きたことへ反応するだけでなく、自分で自分の幸せのために行動を選ぼう。

 悪意なんて私は要らない。ほしくない。それは楽しくもないし美しくもない。

 全部は今、これからだ。過去は変えられなくても、今できることをして、これからを変えていけばいい。

 お茶会は和やかに終えたと、後日聞いた。ウィリアム様とレティシア様が並ばれると、それはそれは絵になるとも。






 それからは精力的に物事にあたった。

 知識や教養を身につけること。自分の楽しいとか嬉しいと思うことを見つけること。

 将来なにがあるかわからないと思うと、どんな知識も私には必要だと思えて必死に学んだし、社交に必要なダンスは体を動かすことが好きな私にはただただ楽しかった。ダンスの先生が、貴方の踊りは荒削りながら、見ていても楽しそうで素敵ですよと褒めてくれて心がほわほわと温かくなり、ふにゃあと頬を崩して笑うと令嬢らしくないと叱られた。


 そして、やはりいつの世も大変なのは人間関係。家族や使用人たちとの関係の改善は、そう簡単ではなかった。


 使用人たちにはこれまでの暴言に対してごめんなさい、とは伝えたが、もちろんすぐに関係が良くなることはなかった。

 そして、なんとなくエイダにはまだちゃんと謝ってはない。だって、母様は私にはとてもいい人だったもの。全員と仲良くなれるわけじゃないからしょうがないのだ、と心で合理化してみる。


 リタ様とレティシアは初め私の行動の変化に戸惑っていた。

 だが、彼女たちは柔軟で、本当に心優しい人たちだった。

 戸惑いながらも、私に優しく笑ってくれる。


 リタ様とレティシアとの関係が改善していくにつれ、つられてなのか周りの目が少しずつ優しくなっていく。


 家令のギルが、ウィンクしながら最近良い子なのでご褒美です、と掌サイズのプレゼントをくれた。薄い紙を何重にも重ねて美しくラッピングされたそれの中身は、甘い甘いキャラメルだった。口の中で蕩けてその甘さが心と体に染み込んでいく。

 新しく雇われたメイドのテレサが、寝起きが悪いお嬢様にはお仕置きです、とシーツの上から飛び乗って私が飛び出すと髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でてくれた。テレサはけっこう大雑把でドタバタと歩くけれど、その足音に悪意や苛立ちはなく、不快さはなくてむしろ元気を分けてもらえるようだった。


 そして。

 勉強もダンスも頑張っているようだな、と父様がちょっと困った顔はしていたが微笑んで頭をそっと撫でてくれた。

 その父様の固く厚くなった掌が私の頭を撫でてくれたのなんて、いつぶりだったのだろうか。

 ねぇ、父様?少しは母様を好きだった?私は、望まれぬ子だったのかな?

 そんな思いもわきだすが、それでも父様が褒めてくれたことが嬉しくて気がついたら涙が流れていて、私は思わずその場でしゃがみこむ。


 泣いている私に父様はおろおろと困惑していたが、リタ様が私を抱き寄せて幼子のように背中を撫でて落ち着かせてくれる。

 その柔らかな温かさに、しがみついてまた私は泣く。


 ぱたぱたと、足音がしてそちらに向くとレティシアが息を切らして走ってきた。

 元は白かっただろう、既にくたりと草臥れた生成り色のウサギのぬいぐるみを手に持っていた。


「姉様?大丈夫?この子は魔法を使えるのよ。悲しいときに一緒に寝ると、涙を吸い取ってくれるの。だから、はい!今日一緒に寝てあげて。」


 私に渡されたそのぬいぐるみから、ふわりとレティシアの甘い香りがした。

 彼女がこのぬいぐるみを大切にしていたのは知っている。

 その、彼女なりの精一杯の優しさが胸を打つ。


 リタ様が私をソファへと連れて行き、ぎゅっと抱きしめてくれて、その横でレティシアがくっついてよしよしと私の頭を撫でる。

 レティシアは体温が高くて汗が出るくらい暑いのに、それすらも心地よかった。


 優しい人たち。

 ああ、ちゃんとこの人たちを大切にしよう。そう思う。






 ゲームと同じ轍を踏むわけにはいかない。


 レティシアをレッティと呼んで彼女を可愛がる。

 あの怯えたような瞳はなくなり、いつもキラキラとした目で私を見て慕ってくれるようになった。

 慕ってくれすぎて、私から離れなくなってしまったが。

 そして、第一王子のウィリアム様とはあの後、接点を持たないように心がけた。

 よしよし、これで大丈夫と思っていたのに、まさか王家から私達どちらかをウィリアム様の婚約者に父様の元にお話が舞い込んだ時にはぞっとした。


 が、確かに、王家がコレ―辺境伯であるルーカス父様の力を無視できずに取り込もうとする、至極当然の流れだったのかもしれない。


 ルーカス父様は、数多の隣国からの侵略を食い止め勝利をもたらす国の守護者として高い知名度を持ち、かつその真摯な人柄に惚れこむ貴族たちは多かった。

 結果、元々の辺境伯という大きな権力に加えて、おじい様の代では考えられなかったほどに父様の元へ権力を握った者たちが侍る様になっていた。

 本人はそのような状況を困ったものだと思っているようだが、それでも権力が勝手に父様の元へと集まりそして好きに使える状況が整っているのである。

 その権力は、国にいくつもない侯爵家にも、下手をすれば王家にも匹敵するのでは、と噂されている。



 婚約について、先に相談を受けたのは私だった。姉である私を立てた形だろう。


 ルーカス父様には、私では務まらないことを伝えてレッティの素晴らしさを滔々と説明すると、ちょっと苦笑いして、


「お前は自分を卑下するが、可愛い私の自慢の娘だぞ?」


 と優しく頭を撫でてくれた。

 娘だと、認めてくれているのかと、涙が出そうになるのをぐっと堪える。


「レティシアにも聞いてみるよ。」


 レッティは婚約の話を二つ返事で頷いた。






 そうして。


 物語はヒロインである愛おしい妹のレッティと、メインヒーローの第一王子ウィリアム様の婚約披露のパーティーへと進み、私は退場するはずだったのだ。







『The play ended, so I was going to exit.』(劇は終わり、私は退場するはずだったのだ。)


回想シーン終了です。お疲れさまでした☆

お読みいただき、ありがとうございます!

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