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4.『Darkness cannot drive out darkness; only light can do that.』

『Darkness cannot drive out darkness; only light can do that. Hate cannot drive out hate; only love can do that.』Martin Luther King, Jr.

 




 妹のレッティ、……レティシアと出会ったのは、私が8歳、彼女が7歳の時。今から8年前だ。

 ドアが開けられて初めて目にしたとき、天使が現れたのかと思った。

 美しいストロベリーブロンドの髪が動くたびに光に照らされて輝き、肌は透けるように白く、その大きな目の中のヴァイオレットの宝石が期待に満ちてキラキラと瞬く。目が合うと、彼女は一瞬間を開けてから、にこりと柔らかく微笑み、慣れていないのか、ぎこちなくカーテシーの形を取る。きっとここへ来る前に練習してきたのだろう。


「あの、えと。はじめまして、おねえさま。」


 鈴のように高くて美しい声で、少し舌足らずに愛くるしく挨拶をする。

 その後ろには彼女の母とわかる女性もおり、父様がその美しい人の手を取りエスコートする。




 **********




 私の父様はルーカス=コレ―辺境伯。

 私の母様、カレン=コレ―は私が物心つく頃に不慮の事故で亡くなった。

 父様に、新しい母様と妹だよ、と紹介されたときのあの衝撃は今でも覚えている。

 一瞬で不快感や嫌悪感が沸き上がってきた。私の父様なのに、と。

 けれど、父様も母様がいなくなってもう何年も経つし寂しいわよね、可哀そうだもの、いいわ、リタ様もレティシアも父様と私の家族になるのを()()()()()()。そう思った。

 許すなんて偉そうだが、子供心に父様は『私の父様』だったのだ。

 そして、寂しさがどれだけ自身を蝕むのかは身をもって知っていた。


 だって私はその頃、しんと静まり返っていた大きく冷え込んだお屋敷で孤独だったから。


 私が父様にお会いできる機会はほとんどなかった。

 そして稀に顔を合わせても、困ったように眉根を顰められるだけだった。自分の誕生日に、困った顔されてもいいから会いたいと我儘を家令のギルに喚いたが、度重なる隣国からの侵攻を食い止める大事なお仕事がありお忙しいのですよ、我儘はいけませんと諭され、ぎゅううと掌が痛むほど握りしめる。

 

 母様も亡くし、父様しかいないのに。

 そう言いたくなる言葉を飲み込む。


 私はメイドや使用人たちから嫌われていた。『嫌われているのだ』とはっきりと意識するのはまだ先だったがそれでも本能でそう知ったのは、もしかしたらずっとずっと前の、物心つく頃だったのではないかと思う。

 子供特有の敏感さなのか、それとも私の気性がそうなのかは知らないが、最初は使用人たちの声色の奥や作り笑顔の裏の隠された小さな悪意や負の感情に過敏に反応して、怖いのやら傷つきたくないのやら構ってほしいのやら複雑な気持ちが彼らに対しての嫌がらせや暴言となって表れた。それに対して、使用人たちはますます負の感情を募らせていく。月日を重ねるごとに彼らの目は口ほどにものを言い、更には陰口やあからさまな溜息等で私に辟易しているのだと伝える。幼子には、なにか嫌だ、怖い、としか表現できないが、それでもその嫌悪ははっきりと感じていたし、私はそれに対して反応して権力を振りかざして偉ぶって、更に孤立していく。


 いつしか、私には誰も目も向けず近寄らなくなっていく。


 そんな折の、父様の再婚のお話だった。

 寂しさで打ち震えていた私は、新しい家族に嫌悪感はあるものの、それでももしかしたら寂しくなくなるかもしれない、と期待した。

 彼女たちに近寄りたいと思うが、今までの癖でレティシアやリタ様に暴言を投げかけたりして、後で反省してもまた同様のことを繰り返す。

 リタ様は困ったように微笑んでいたが、レティシアは私に怯えるようになった。

 その目に、あの嗅ぎなれた寂しさの匂いが鼻の奥で蘇り、喉の奥をひゅっと絞られていく。

 私は、うまく新たな家族に馴染めずにいた。

 そうしているうちに、あれほどお忙しくて家にいることのなかった父様が、頻繁に帰ってくるようになった。

 そして、私にはひどく冷たいメイドたちがレティシアたちを心温かに、笑顔で対応する。

 冷えこんでいたお城がリタ様とレティシアのおかげで笑いの満ちる温かな場所へと変化していく。


 なのに、私はなんでこんなに胸を掻きむしりたくなるほどに、ひどく寂しいのだろう。

 一人でいた空っぽのお屋敷のときより、父様たちのいる温かく笑いの満ちるそこは、私に孤独を突きつける。

 父様とリタ様、レティシアや使用人たちが朗らかに笑えば笑うほど、私の心の痛みは増し胸に空いた穴は広がっていく。



 そうして、私は自分の思い込みに気がつく。

 何故気がつかなかったのか?幼かったから?父様を信じ切っていたから?

 私はなぜか、レティシアはリタ様の連れ子だと思いこんでいた。

 けれど、ちがう。父様の本当のお子だ。だってとてもよく似ている。

 あれ?

 じゃあ、母様がいらした間にレティシア生まれているよね?

 なんで?

 なんで?

 父様は母様を愛していたんじゃないの?


 父様は、『私の』父様じゃないの?







「ここだけの話だよ?もともとと言えばルーカス様とリタ様が婚約していたのに、カレン様がルーカス様に惚れちまって横から掻っ攫ったんだよ。権力を盾にしてリタ様から奪ったのさ。ルーカス様も、親代わりに育てられた伯父上様からのお願いとあれば断りきれなかったってぇ話だ。婚約破棄されたリタ様は、伯爵家から追い出されて庶民へ。ああ、お可哀想に。あんないいお方が苦労するなんて、どれもこれもカレン様のせいだと思うとまったく涙が出るよ。」



 ──それは、古株メイドのエイダの声だった。

 芝居じみて、よよよ、と涙ながらにそう父様とリタ様の悲恋の話を語る。

 ため息交じりで私の母様を侮辱する声に不快さを感じたが、それ以上に父様と母様のそんな話は初めて聞くため驚きが勝った。


「でも、結局ルーカス様はリタ様を諦めきれなかったから今はお二人は結ばれたんでしょう?」


「そうさ。カレン様に押しかけられたけれど、ずっとリタ様を一途に愛していたからねぇ、ルーカス様は。」


 私の足は廊下の影に縫い留められたように動かなかった。


「アリシアお嬢様にも困ったもんだよ、まったく。あの我儘で傲慢なところカレン様にそっくりじゃないか。」


 彼女たちの話題の標的が私へと変わり、思わずびくりと肩が震えた。


「本当、ここだけの話だけどさ?アリシアお嬢様がいなければルーカス様たち三人で仲良く幸せに暮らせるのにねぇ。まったく、世の中はままならないものだねぇ。」


 首を竦めながら言ったエイダの言葉に、他のメイドたちはあははそうねぇ、と笑う声が廊下に響く。


 私がいなければ、父様もリタ様もレティシアも幸せに暮らせる。


 彼女たちにとっては他愛もない雑談なのだろうその言葉は、私にとっては呪詛のようだった。

 お前は要らないのだと、邪魔なのだと嗤いながら言われた言葉に呼吸がうまくできなくなる。

 ここを早く去りたいのに一歩も動けず、血の気が引き歯を食いしばり俯いていた私の目に、誰かの靴先が見えて震えながら顔を上げる。


「おいで。」


 そこにいたのが、辺境伯の地へ視察に来ていたウィリアム様だった。

 彼が私に手を差し伸べ、私はその手に縋るようにしてその場を離れた。

 彼の手の温もりと優しく陽だまりのようなその香りに涙が出た。


「あ、の。ありが、」


「御礼はいいよ。単に見ていられなかっただけだから。」


 しばらく歩いた先で、彼が手を放す。


「あ、」


 つらい場所からさっと助けてくれたヒーローのようなウィリアム様に、私はすでに恋に落ちていた。


 だから、夢を見た。

 打ちひしがれた私を王子様が助けてくれて、彼も私のことを気にかけてくれるんじゃないかなんて、自分に都合の良い甘い夢を。


 浮ついた心を叱責するように、彼が冷たく言葉を放つ。


「君の噂は聞いている、アリシア=コレ―嬢。」


 それだけ言って彼は踵を返し、すぐに彼を探していた従者に迎えられて姿が見えなくなるのを、私は絶望のままに見つめていた。

 噂というのは、きっと私が我儘で傲慢だという噂だろう。



 私は要らない子なんだと現実を叩きつけられて絶望した後の、甘い甘い夢から覚めると、そこにあるのは更に色濃くなった絶望だけだった。




 ぐちゃぐちゃになった心のまま部屋へと戻ると、導かれるように目が、机に出しっぱなしにしていたタロットカードの一枚の絵へと向かう。

『吊るされた男』が逆位置となり、その描かれた男が嗤っているように見えた。


 ああ、そうだ。そうだよ。


 朦朧とする意識で、シーツをハサミで細く割き簡単に編み、ロープとなったそれを明かりへと取り付ける。背が小さいので、椅子を二個重ねて足場を組む。

 そっと、輪っかにしたそのロープに首を通そうとした瞬間。

 その足場が崩れて、頭を強く頭を打ち転生していることに気がついた。



 そこで、はっと自分が何をしていたのか、気がついた。

 死のうとしていたんだと、死ぬところだったのだと、今更怖くなって震えた。


 助かった安堵の後に、頭にできたたんこぶのじんじんとした痛みと、心の中の切り裂くような悲鳴が、涙を次から次へと溢れさせる。


「……ふっ、ぅぅ」


 きっとゲームの中のアリシアは同じように助かって、けれど心の中の真っ黒な感情をどうしていいのかわからず、周りを傷つけ呪うことで心を守ろうとしたんだ。


「……っっ、う」


 自分がこれ以上傷つきたくないから、レティシアをひどく罵倒し傷つけて。

 そして、ウィリアム様への愛憎の感情を上手く飲み込めず、自分を守る鎧としても彼が欲しくて、必死で彼の婚約者へとしがみついた。


「ぅぅぅーーーっ……!」


 弱い自分を必死で守って周囲に当たり散らして、最後にはすべてを失った悪役令嬢。




 ──つらかったね、アリシア。




「アリシア、貴方はずっと悲鳴をあげていたんだね……。」


 ぎゅうと自分を抱きしめる。

 自分の手がそうしているはずなのに、それでも体を抱きしめる温かさに何故か涙が止まらなかった。

 しんどいのに、誰からも振り向いてもらえず泣いていた女の子。


「……でもね、アリシア。だめなんだよ、それじゃあ。」


 つらくても呪いをまき散らして生きるのはやめよう。


 そう自分の心に語り掛ける。


 幸せを願うなら。

 幸せになりたいのなら、自分の心を大切にしよう。


 気がつかないふりをしていたのかな?

 痛いよ、って胸が軋むのを、無視していたのかな?

 相手を傷つけるために言う心無い言葉は、耳に入る私自身の心にも等しく刺さって傷がつくんだよ?


 自分の心を大切にできるのは、他の誰でもない自分なんだよ、アリシア。

 自分に優しくあろう。

 自分がいいと思うこと、心が喜ぶことをしよう。

 暗闇ではなくて、光を見よう。

 大好きだよ、アリシア。


 そう、軋んで泣いている自分の心に語り掛ける。


 今はまだ幼くて、その目に見える世界は小さく狭いけれど。

 君の世界はこれからもっともっと広がっていくんだよ。

 現状を打破できるだけの力はまだこの手にはないけれど、これからちゃんと力をつけて、いざとなれば逃げちゃえばいいよ。

 大丈夫、アリシア。

 知恵をつけてできることを増やし。選べる道は一つじゃない、いくらでもあるんだと気がつけば、貴方はどこにだって行ける。それを私は知ってる。

 だから。一緒に。幸せになるために生きようよ……。




 泣きつかれて、明け方に私は気を失うように眠りに落ちた。







『Darkness cannot drive out darkness; only light can do that. Hate cannot drive out hate; only love can do that.』Martin Luther King, Jr. (『闇は、闇で追い払うことはできない。光だけがそれを可能にする。憎しみは憎しみで追い払うことはできない。愛だけがそれを可能にする。』キング牧師)

キング牧師の名言からタイトルは引用させていただきました。


話が重くて長い!読み疲れちゃいますね、ごめんなさい!


古株メイドのエイダですが、彼女は子供ができずに悩んでいた女性で、幼い頃から世話をしていたルーカスとその将来妻となるリタを自分の子供のように可愛がっていた人です。

だから、ルーカスとリタの仲を裂いたアリシアの母・カレンのことが嫌いになりました。でも既に故人となったカレンを悪く言うことは、自分でも良くないと思っているのですが、周りが面白がるのでつい芝居じみて噂してしまう。

本人たちにはちょっとした軽口でも、聞いた人間がどれだけ傷つくか。想像しないといけませんね。エイダと一緒に作者も省みます。

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