3.『For reals? Did you say you ask me to sit by? Huh?』
It is hard for me to sit next to each other.
さて。
日が傾く頃から始まった盛大な婚約披露パーティーは続いておりますが、私は今ウィリアム殿下のお部屋のソファでぽつんと座り部屋の主の御帰還を待っております。
ソファが豪華すぎて、お尻むずむずします。落ち着かない……。
あの婚約発表の後、父様もレッティにも会わせてもらえず、肩に置かれた僅かに力の入った彼の手に脅されるままに微笑んで頷くだけの簡単で寿命の縮むお仕事、もとい、必要なお偉い方々へのご挨拶を済ませるとすぐに、ウィリアム様からすごく素敵な笑顔で、
「顔色が悪いね。疲れたろう、少し休んでおいで?」
と、引っ込むよう御命令されました。
もしかして解放していただけるのかと思ったのも束の間、あっという間にウィリアム様のお部屋に連行されました。まぁ、無罪放免とはならないとは思ってはいたけれど、微かな望みも打ち砕かれました。残念!
座ったまま、先ほどのことを思い返す。
宝石が、触れてすぐに塵となって消えていく。
私があれに強く惹かれた理由もわからず、なにが起こったかも分からず。
けど、私が触れて国宝の宝石を壊したことだけは真実だ。
正直、死刑宣告を待つ罪人の気持ちです。
先ほどの、兵たちに囲まれた時を思い出して改めて震えと冷や汗が出てくる。
部屋の前には近衛兵が立っているので逃げられないことは頭ではわかっているのに、どうにかして逃げられはしないかと思案してしまう。
……けれど。あの時、私を捕らえられたはずなのにウィリアム様はなぜ婚約者などと詐称してまで、助けてくれたのだろうか。
それに、跪いていた彼は何者だったのだろうか。
色々考えては青くなり、冷や汗をかき、頭に?マークを浮かべ、手で顔を覆う。
だめだ、なにを考えても結局詰んでいる。流れに身を任せるしかできない!
もう何も考えたくないと考えるのを放棄して見事な花瓶に飾られた早咲きのフリージアを眺めながら現実逃避する。
緊張して今まで感じられなかった花の良い香りが少し心を解してくれる。
── 三十分後。そわそわ。
── 一時間後。そわそわすんの疲れたのですが、あの。お茶の一杯でもいただけませんでしょうか。
── 二時間後。水でもいいです。あの辺にある飲み物、勝手に飲んだらだめかな?あと、こんな豪勢な王子様の自室にずっと一人、つらい。
本気でここからの脱出計画を算段し始めたときに、図ったようにガタリと音がして私は勢いよく立ち上がって姿勢を正し、扉の方を向く。
ウィリアム様が部屋へと入り、あの頬に傷のある側仕えの方へと一言二言、なにかを伝えてから下がれと言う。
その側仕えはちらりと室内にいた私を見てから、なにかご入用があればお呼びくださいと、静かに頭を下げて部屋を出て行った。
ウィリアム様は上着を脱いで近くにあった椅子に掛け、飲み物が並べられた棚からワインを選びだし、グラスを二つ持って部屋の中央に配置されたテーブルに置く。
「……あ、の。ウィリアム様。」
そう、声をかけると、彼は目線を私に寄こす。
「どうした?」
どうしたって、えと?これだけ待たされて疲れ……いや、一先ずは謝罪だった。
「あの、宝石のことですが。」
「ああ、」
どさり、と彼にしては乱雑にソファに腰を下ろす。
彼はラベルを見てから、ワインの蓋に巻かれたキャップをナイフで切りつけ剥がす。
大きく息を吸って、
「大変申し訳ございませんでした。そして、庇って下さりありがとうございました。」
そう、がばりと頭を下げながら令嬢としてはしたなくならない程度の大きな声で、謝罪と御礼の言葉を伝える。
「……君だって、あの宝石の価値が分からないほど馬鹿じゃないだろう?あのように無暗に触れるなど、なにかあったのかい?」
彼の小さくとも良く通る、優しく淡々とした声に混ざって、コルクが抜かれるキュルキュルとした高い音が耳に響く。
自分の肩から、はらりと落ちていく髪が不穏さを煽り私は恐怖で震える。
『あの行動にはなにか裏があるの?』
そう言われているような気がする。
いえ、ちがうんです。無暗に触れちゃうのは私クオリティなんです。本気の馬鹿なんです。ごめんなさい。そう、弁明したい。
「あの石に呼ばれたような気がして、気がついたら手を伸ばしていました。」
声が詰まらぬよう気を付けながら、頭を下げたままになんの申し開きにもなっていない言い訳をする。
その言葉の後で少し間を置いて、トクトクと空気を含みながらワインがグラスに注がれる音がする。
「……あの石は、この国を守護する宝石と言われている。初代王の時から王家に伝わるものだ。」
『そんな大事なものを、君は気がついたら手を伸ばしていました、で済ますの?』
そんな副音声が聞こえそうである。私は頭を下げながらぎゅうと力強く自分の手を掴む。
「……あ、の。申し訳、」
「君を罰しても、あの石は元に戻らない。」
もう一度謝罪をしようとして、それを拒絶するようにウィリアム様が言葉を紡ぐ。
当たり前のことを言われただけだ。なのに、思わず強く唇を噛む
過去に戻ることはできない。
冒してしまった罪は、もうどうしようもないのだ。
今の私には、許しを請うことしかできることはない。
頭を下げたまま何も言えずに私は自分の足を見つめていた。
しばらくそうしていたが、小さくウィリアム様が息を吐かれたのが聞こえてびくりと肩が跳ねた。
「もう頭は下げなくていいよ、アリシア。こちらへおいで。」
そう言われて、のろのろと顔を上げて彼を見る。
いつもレッティの陰から見ていた彼の何を考えているのかわからない微笑み。
ゲームの中でも現実として彼と会うようになった今でも、彼の「完璧な王子様」な印象はずっと変わらない。冷たいと感じるほどの完璧さが、近寄りがたくて彼を孤高の人とする。その孤独ながら、ヒロインにだけ見せる寂し気な笑顔に前世では惚れていた。
彼の微笑みから目を伏せ向かいに座ろうと動くが、彼は、
「そちらではなく、こちらへ。」
と言って自身の隣を案内する。
……まじっすか。
今までDead or Aliveな状況(気持ち的に)でシリアスに凹んでいたのに、思わぬ更なる難題に目を見開く。
いきなり貴方様のお隣ですか。めちゃくちゃハードル高いです。
とはいえ、今の私に拒否権などない。
……いや、王子様に言われたらいつだってないけど。
すーはーと深く息を吸い吐ききってから、きっ、と戦場(ウィリアム様の隣の席)を睨みつける。
その姿を見ていたウィリアム様の口角が先ほどより少し上がっているように思うが、今はそれに構っていられない。
「失礼します。」
そう断って、おずおずと、だが、正々堂々(←なにに対してなのかは不明。)と彼の隣に腰を下ろした瞬間。
ふわり、と大人びた彼から草原を走る風のような爽やかさとともに、幼い頃と変わらぬ明るい陽だまりのような温もりのある香りがして、アリシアが転生していると気がついたあの日に心が連れ戻され気持が弱っていく。
そして、ずっと目を逸らし避けていた攻略対象の彼に、またこれほど近寄ることがあるとは思っていなかったため体が硬直する。
隣に座っただけなのに、ソファや空気をつたい感じる彼の香りとほのかな温もりに心が揺らぐが、それを俯いて深く呼吸をして抑える。
この人は大切な妹、ヒロインでもあるレッティ……レティシアの婚約者。そう思いながら、レッティと会い、そうして自分が転生していると気がついた頃のことに思いを馳せる。
『For reals? Did you say you ask me to sit by? Huh?It is hard for me to sit next to each other.』(まじで!?隣にどうぞって言った?は?お隣はきついっす)
「本当?」とか「まじで?」の訳は、『Really?』『Seriously?』が多いかなぁと思うのですが、より口語っぽくしようとして『For reals?』にしてみました。
英語でタイトルを考えると決めたものの、英語が苦手過ぎて本文を考えるのと同じくらい時間がかかってしまっています(汗)いえ、勉強にはなるんですけど(泣)
更新遅くて申し訳ありません。その内ペースを上げられるよう頑張ります☆