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2.『You'd better take my hand.』

 





 遠目であり、私達の背に隠れてなにが起きたかわかっていない招待客の貴族たちは、小さくもない破裂音と、その後に慌てて兵たちが取り囲んだ私をどうした何があったんだと騒ぎたて、首を伸ばして覗こうとする。

 が、前列に並んだ兵たちが槍を構えて、近寄るのを許さない。

 至宝の宝石を壊した罪人(仮)の私を取り囲む兵たちも、平常ではない事態に額に汗を浮かばせながら、緊張した面持ちで私に槍や剣の穂先を向ける。



 そんな張り詰めた空気の中で──



 ……えっと。

 このような状況で、私の前にいらっしゃる貴方はいったいどちら様でしょうか?

 というか、どこからおいでいらしたのでしょうか?

 先程までいらっしゃいませんでしたよね?

 一瞬で、この壇上に上がるなんてできませんわよね?

 あ、もしかしたら暗殺部隊的な方でしょうか?

 でも、私と一緒に兵たちに取り囲まれてしまってますわよね?



 私に跪いた狐目の男は、ギラリと光りなにかあればすぐにでも血で染めようと準備万端な武器を握る殺気立った兵たちにも、好奇心や焦りのために観衆たちが上げる罵声に近い喧騒にも躊躇せず、むしろそんなものは存在しないかのようにまっすぐに私を見据えて、気がつかぬうちに震えていた私の手を取る。


 彼のその動きに兵たちが息を飲み漂う緊張感が増したのを感じて、私は彼に取られた手を引こうとするが、それは叶わなかった。

 彼はその大きくしなやかな手に少し力を入れて、私の手の指先だけではなく掌全体を包むようにして握りしめる。

 周囲の空気が一層冷え込む中、グローブ越しに感じた彼の手の温もりに、意図せず安心して小さく息を吐くと少しだけ肩に入った力が抜けた。


「お初にお目にかかります、レディ。お名前を伺っても?」


 その声は、小さいのによく耳に響く。

 直接脳に語り掛けられているんじゃないかっていう位に、心地いい彼の声が私の耳に流し込まれる。

 途端に、私は体が揺らぐような感覚に陥る。

 先ほどの、石と目が合ってなにもかもがどうでもよくなった時のように、彼の声に体が強く反応して、自身の領有権を奪われそうになる。


 だが。

 今は、下手な動きをしたら即アウトな状況だ。

 空気を吸い込み、背筋を伸ばして丹田に力を入れる。

 ぐっと唇を噛んで彼の声に持っていかれそうな自分を戒め、抑える。

 そうして、一度ゆっくりと息を吐き切り私は自分に命令する。

 笑え。


 そうして、口角を上げて、彼に微笑みながら少しだけ、1センチも満たないほどの動きで、首を傾げて見せる。


 不思議ちゃんですか?周り見えていますか?空気読めてますでしょうか?

 今は、そんな名前を名乗っている場合ではないのですよ。


 そう思って目で訴えるが、狐目のその男は私と違い、45度ほど大きく首を傾げて笑むだけだった。


 ……目がうるさいと言われることもありますが、そうですよね。

 目で訴えるだけでは、通じませんよね、そりゃ。残念!


「……アリシア=コレ―と申します。」


 観念して、周囲の兵たちを刺激しないように、震えないように意識して、小声でそう名前を告げる。


「アリシア、いいお名前です。」


 そう言って、彼は私の手に唇を落とす。

 貴族たちのする唇を落とす()()ではなく、グローブ越しだが彼の唇が優しく手の甲に触れたのが分かった。


「この世界に、こんな歪が産まれ落ちていたとは。」


 その細い目を開いて私を見つめて呟くが、セリフの意味は一切わからなかった。

 その言葉の意味を問い質したくて


「あの、」


 と、口にしたところで、


「いい加減にしろ!」


 一人の兵が自分たちの存在を無視したやり取りに度を越したのか怒声を上げる。

 すると周囲の兵たちもそれに同調するように更に槍の穂先が体に近づける。


 近い!

 近いですって!てかちょっと腕の当たり刺さってませんこと!?

 乙女の柔肌が!って、もう牢屋行くんだから玉の肌とか気にしてもしょうがないのかぁ。

 ああでも、そうだ。

 ま、いっか☆ってお日さまの元に飛び出しやけた肌も、牢屋の中ではまた真っ白になりますかね?

 あの桃肌をもう一度手に入れらそうでよかった、……なんて、むりやりにポジティブに運ぼうとするが、どうしても心が明るくはならない。


 兵士の一人が、私の腕を掴もうと手を伸ばす。

 ここで暴れてもとても逃げられようもありません。

 ジ・エンドですね。

 そう、観念してその捕らえようとする手に素直に応じようと目を伏せる。


「やめろ。」


 はっきりと、声を上げて兵たちの行動を制したのは第一王子のウィリアム様だった。


「引け。」


 そう言って手を一振りすると、私達を取り囲んでいた兵たちが躊躇いながらも、武器の穂先を床近くに下げて後退する。


 狐目の男は、そっと立ち上がり国王陛下とウィリアム様のいる方向を見つめて、ひらりと手を振った


 ひぇぇぇ! 


 一国の王と王子様に馴れ馴れしいですわよ、大丈夫ですか!?そんな態度取りますと不敬で投獄されて私と一緒に断頭台上がっちゃいますわよ!?

 いえ、私はなんとか死刑は免れたいですけど!


 なんて自分のことはさておける訳はないが、とりあえず見ず知らずの彼のことも一応心配する。


「───まさか、貴方がでてくるとは思いませんでしたよ。」


 ウィリアム様は狐目の男から視線を外さずにそう声をかけながら、()の男に近づいていく。

 あれ?お知り合いでしたの??

 じゃあ、やっぱりこんな窮地なのは私だけなのか。


「ふふ、私もまさかですよ。勘に従ってよかった。面白い出会いがありました。」


 私にはよく分からない、上の者たち同士の会話をしている彼らを尻目に今の内の逃げられはしないかと、彼らを見つめたまま後ろへ後ろへと後退ったが、とんと何かにぶつかってそろりと後ろを振り返る。

 そこにいたのは、ウィリアム様近くに控えていた頬に傷のある側仕えの方。

 あら、いつのまにこちらへ。

 無表情なままに見降ろされて、私は頬を引きつらせてその場で硬直する。 

 その間に、狐目の不思議な男は近づくウィリアム様から逃れるように、踵を返して歩いていく。

 壇となったここを下りきった先で彼は振り返り、その狐目を更に細く弧にして私に微笑む。


「アリシア、またいずれ。」


 そうよく通る声が私の名を呼び、笑いかけてから彼は観衆の間を縫うように歩いていく。

 こんな目立った場所から下り立ったのに、その先の兵や観衆たちは皆、彼の存在が見えないかのように誰も見向きしないのが訝しく、不思議だった。


「アリシア、」


 そう呼ぶ声に反射的に振り返る。

 そこには、ゲームの時と同じように冷たく微笑む、ウィリアム様がいた。

 けれど、彼に今まで名前で呼ばれるようなことは記憶にない。たまにレッティへの付き添いのときに会えば挨拶くらいはするが、名前を呼び捨てにされるようなことはなかったはずだ。



 ……なんだろう、この嫌な予感。



「これから言うことに、君は頷くだけでいい。私の言う通りにしろ。」


 そう言ってウィリアム様は一度王座にいる国王陛下を見て、陛下がこくりと頷くのを確認してから、マントを翻して壇上の前に立ちパーティーに集まった貴族たちに向き声を上げる。


「お集まりいただいた皆様、お騒がせして申し訳ない。問題はありません。それより、この場で私の婚約を発表させていただきたい。」


 そう言うと、観衆たちはぴたりと口を噤んで彼に視線を集中させる。



 え、え!?


 焦って私は周りを見回す。

 そう、私があの宝石に触れたことにより周りを兵に囲まれている間に、ウィリアム様の婚約者であるレッティは罪人(仮)である私から離されてこの場所を離れていた。

 今はどこにいるのか、見回しても近くに彼女の姿は見当たらない。


 婚約発表!?

 ちょっと待ってくださいませ、ウィリアム様!


 そう慌てるが、彼は私の焦燥など気にもせずに言葉を続ける。


「相手は、アリシア=コレ―辺境伯令嬢です。」


 そう言って、彼は私に手を差し出す。





 ……は?




 ……え?




 今、何て言いました?


 アリシア?

 私?

 レティシアではなくて?


 彼の言葉を頭の中で一度巻き戻し、再生するが、それは紛れもなく私の名前を呼んでいるように記憶されていた。

 えっと?

 あれ?


 差し出された手を数秒、見つめる。

 すぐに手を取らぬ私に観衆たちは息を飲んで、或いは訝しげに、或いは面白そうに、その行く末を見守っている。


「アリシア、」


 ウィリアム様にそう急かされるように小声で名前を呼ばれるが、私はこの状況を理解ができずに応じることができなかった。


 だって、今先ほどまで、私の妹が彼の相手で、婚約者だったのだから。

 嫌な汗が流れるのを感じながら、血の気が引いて青い顔をしているだろう我が顔を無理に持ち上げ、眩いばかりの光の中を立つヒーローであるウィリアム様に目線を合わせる。


「アリシア、君はこの手を取った方がいい。」


 その言葉には、さもなくばなにか不吉な、不穏なことになるぞ、という言外の脅しが含まれている。更に彼の声色と微笑んでいるのにまったく笑っていない目がその予感は間違いではないと後押しした挙句に、後ろに立つウィリアム様付きの側仕えの方から、しゃらりと剣を鞘から抜く音がする。


 明白すぎるほどの、脅しである。


「理解したか?ならば、手を取れ。」


 それ以上ないほどの明白な脅しは、効果を発揮する。


「……はい。」


 私は冷たくなって重くて持ち上げるのも一苦労な手を、差し出されたウィリアム様の手に必死に載せる。

 すると、それまで静まっていた観衆たちから拍手とともに歓声が沸き上がった。

 そうして、こんな状況なのに、ゲームと同様の第一王子の婚約者という立場となってしまったな、と頭のどこかでぼんやりと思う。

 これが所謂、強制力ってやつですか?

 あとは、ヒロインである妹に断罪されないと、物語は終わらないでしょうか?


 そう思って遥か遠くを見ながら、引きつく頬を叱咤して、ウィリアム様に指示されたとおりに観衆たちに微笑む。









タイトルは、『You'd better take my hand.』(※ You'd better = You had better )

直訳だと、『君は私の手を取るべきだ』、ですね。

『~すべき』と言われると"should"を使うと思っていたのですが、違うのですね。(←英語全然知らなくてすみません!)

"should"(~べきだよ)は悪意のない、単純な提案とかアドバイス。

に対して、

"had better"(~した方がいいよ)は、ちょっと脅しとか警告が入るんですね。

今回のウィルが言った言葉が、もし"should"を使われていたら、単純な提案として、『君はこの手を取る方がいいよ、ね?』ぐらいの軽い感じだったのですが、"had better"だったために、その言葉の中に、『この手を取るべきだよ、取らないとなにが起こるかわからないよ?』と不穏な空気がこめられています。

いやぁ、言葉って面白いですね。ですが、作者は英語が心底苦手なので中学で習うような英語でもこんなに意味深なのかと驚いております。なるべく間違いのないようにとは思うのですが、もしその表現は違うとかありましたら、教えてください~!

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