1.『Right, let's get started to weave our story.』
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─── The lady who comes from the hollow vale is the light in the deep tunnel.
───彼女は私の希望の光。
─── A tremor of delight gave me goosebumps moment I saw her.
───見た瞬間、歓喜に肌が粟立だった。
─── I’ve had enough of being.
───もう十分だ。
─── Right, let's get started to weave our story.
───さぁ、物語をはじめよう。
─── May the story bring them many smiles and happiness at the end.
───願わくば、彼らに幸多からんことを。
**********
それは私の目にはひどくゆっくり、それこそ止まっているように映った。
隣にいる、私の愛おしの妹が、その宝石に手を伸ばす私の方を振り返るのも。
周囲を守る兵たちが私の行動に焦って声を上げながら、剣の柄に手をかけたり、携えた槍の穂先を下げたりしようとするのも。
私と妹を正面から見られる位置にいる王や王妃、王子たちが目を見開き、息を飲むのも。
私にはそれがすべてスローモーションのようにゆっくりとしていて。
そして、その瞬間はなぜ彼らがそんなに慌てているのかとか、そんなことはどうでもよかった。
可笑しな話だと思うが、その石と目があった。
その瞬間に、先ほどまでの緊張し速まっていた心臓も穏やかに鼓動し出し、耳に入る他の貴族たちのざわつきは消えて世界は静かになった。
深い紅色のベルベット生地の台座に載せられた、古の文字列が規則性を持って呪文として中に閉じ込められて七色に強い輝きを放つ宝玉と目があい、私の心は魅了されざわついた。
人の目には小さくて、ただ宝石の核となる部分にひと際光を放つ何かがあると、せいぜい別の宝石が埋め込まれているようにしか見えないはずのそれを、どうして私が規則正しく並べられた古の文字列だと理解したのか、自分でもよく分からなかった。
そうして、自身ではもうどうやっても行動を御することができず、私の体は操られているように、ただその宝石に向かって手を伸ばす。
本当に、ゆっくりと。
だから、私を止めようと思えば隣にいる妹でも、その宝石の前に立った兵たちが私の首を刎ねてでも止められたはずだったのだ。
けれど、私の手は誰にも阻まれることなく、その美しく光り輝き私を呼ぶ石に触れた。
そっと触れたその石の表面はドライアイスの如くに痛みを伴う冷たさを感じたが、瞬きの後に、その最奥から圧縮された熱が一点に集中して鋭利なエネルギーの固まりとなり指先を通して体に入り込み身体中を縦横無尽に貫いていく。
その謎のエネルギーが体を蹂躙していく際の、あまりの熱さや痛みに歯をくいしばる。
操られた私の体はその石から指を離すこともその場にしゃがみこむこともできずに、ただその痛みに耐えるしか出来なかった。
どれほど経ったのか。頭に、りぃんと高い鐘がなるようにして、声が響いた気がした。
────て。
え?
何を言っているのか、耳を澄ませようとしてもう一度頭に響く声と、触れた宝石に意識を集中させようとする。が、しかし。
パァァァ────────ン
宝石は、乾いた音とともに粉々に割れ七色の粒子となり、やがて小さく火花のような輝きを見せてから、空気の中に溶けて消えていった。
そこで、はっと我に返った。
喧騒が耳に戻り、私はどっと顔からも背中からも、嫌な汗が湧いて流れていくのを感じていた。
なんだ、どうしたのだと。背中の方から貴族たちが、なにが起こったのかと騒ぐ声がどんどんと大きくなっていく。
「……やるやるとは思っていましたけど、アリシアお姉様。」
そう、愛おしの妹、レッティが鈴のように高い可愛らしい声で、呟く。
「……それはさすがに、想定外、ですわ。」
いつも落ち着き払っている彼女の声色に、動揺の色が混じる。
いや貴方が姉様のことだから宝石の前でコケそうですわね、なんて冗談を言うからこんなことになってるんじゃないのか!?
あの言葉のせいで、まさかぁ、なんて思いながらすごい緊張して大変だったんだからな!?と、八つ当たりをする。
が、如何せんそんなことを考えている場合ではない。
まずいことをした、というよりは、そう、頭に浮かぶことはただ、一つ。
『死』。
うむ、死刑確定だよ、私。
私が触れ割れてしまったそれは、国の至宝と言われる宝石だった。
国家成立200年という重要な記念を3年後に控え、今夜は、我が国の第一王子であるウィリアム殿下と、妹のレッティ……、正式にはレティシア(レッティは愛称。)との婚約披露の盛大なパーティーが開かれていた。
実際に婚姻を結ぶのは、3年後。レッティが、ゲームの学園を卒業する年の18歳になる年だ。
前世での知識で得たゲームでの私の立ち位置は悪役令嬢であり、ヒロインは妹のレティシアであることなどは、この際横に置いておくとする。
今大事なのは、大層特別な場でさらに特別に公開された、秘宝中の秘宝である国宝の宝石が、私が手を触れたことにより割れてしまったことである。
王家とそれに近しい僅かな者たちだけがその価値を知ると言う逸話のあるその石について、単なる貴族の令嬢である私が知っていたのは、国にとって何にも代えがたい大切な品であるということだけだ。
だから、本来なら私なぞが近寄ることはできないはずだった。
許されているのは、王家へ嫁ぐ予定のあるレッティだけだった。そう、彼女があの宝石に近寄れることは=彼女が王室に入るのだということを意味する。婚約発表の前の、余興のようなものだ。にも関わらず、彼女に『一生に一度の機会なんだから、姉様も一緒に。』とねだられ、それに対して恐れ多すぎて怖すぎるとぶんぶんと首を振るも、国王陛下が彼女の豪胆な我儘に快く頷いてくださってしまわれましたので、私はレッティに腕を取られて、その宝石の前にと歩みを進めることになり今に至る。
かくして。
今私は謎の狐目の男に跪かれて、数十本の槍の穂先に晒され、更にその周りに剣を携えた兵たちが二重に囲みこみ、呼吸一つ、指先一つ微かに動かすにも細心の注意が必要な状況に置かれている。
あれ?これってよく考えたらレッティ、巻き込んだ貴方のせいじゃね?なにしてくれてんの?
バッドエンド以上の、バッドエンドじゃね?
現実逃避をしたくて、そう脳内で言葉を吐く。
はは。
しかし、やっちまいましたわね。
行く先は牢屋でしょうか?
そして、猫まっしぐらよろしく、アリシア断頭台まっしぐら?
はははー、笑えないわぁ。
転生していると気がついてからは、ヒロインである妹のレッティに誠心誠意接してきたつもりだった。
しかも、ゲームの舞台にも上がらないように気を付けてきたはずだ。
ゲーム内では、ウィリアム様に一目ぼれした私が父様の権力を笠に来て彼の婚約者の座に収まったが、今回は彼が出るであろうお茶会は片っ端から体調不良を理由に断り、断り切れなかったときは隅っこでお茶を嗜むだけにして近寄りもしなかった。
が、しかし。父様であるコレ―辺境伯の娘の内どちらかを第一王子の婚約者にと国王陛下から打診を受けた。
えええ!?なんなの!?強制力なの!?と背筋が薄ら寒くはなったが、そこは父様に、妹の可愛らしさ聡明さをアピールしまくり、結果、レッティとウィリアム様との婚約(内定)に成功したのが、4年前。
そう、その4年の間に彼らは愛を育んできたはずだ。
今日はその集大成(結婚式)一歩手前、レッティとウィリアム様の婚約披露のパーティー。
私が、乙女ゲーからの舞台を確実におりられると安堵する、大切な日だったはずだ。
ここまで、うまくやれていた。
ここまで、漕ぎつけていた。
のに。
……シャンデリアのキラキラとした眩い光が目に突き刺さる。
ふふ。こんな明るい場所にいられるのも、もう今日で最後か。
牢屋かぁ。
暗いんだろうなぁ。そうだねぇ。
ジメジメッと湿気てて、黴臭くてメンタルやられるようなところだよなぁ。
次に牢屋を出て日の当たる場所に立てるのは、断頭台に上がるときかしら。せめて最後の日は青空がいいけど、それは運次第だものね。
そっかぁ。そうかぁ。
すでにメンタルやられそう。
なにか育てるのは精神安定にいいってネットで見たような気がする。
せめて死ぬまでキノコとか育てられないかなぁ。ベニテングダケとか可愛いやつ育てたいなぁ。
あの赤いドット色したパワーアップキノコ。
牢屋の暗闇できのこに語りかける自分を想像して、あまりの悲惨さに目に汗が滲む。
しかし。
まさかここで、自殺行為を働いて自らバッドエンドに飛び込むとは思いもよらなかったよ、私!
時間がちょっと巻き戻らないかなぁ。無理だよねぇ、そうだよねぇ。
明後日の方向を向きたいが、一瞬でも変な動きをしようものなら刺されそうなので私は心の中で遠い目をする。
……ところで。
このような状況で、私に跪いている貴方は何者でしょうか?
お読みいただき、ありがとうございます!
あらすじのところにも記載いたしましたが、行進が亀のようにゆっくりになるかと思います(汗)
どうぞ気長にお待ちいただけると嬉しいです。