第九章 ニュートウキョウへ
スクリーンに映る精鋭部隊は、次第にその輪郭をはっきりさせ、クロノスまであと数メートルのところにまで近づいていた。
「どうするのよ?」
シェリーが大声で言った。
ロベルトはイライラして髪を掻きむしった。
ロイはジッとスクリーンを睨んでいるが、何も言わない。
エリザベスはそんなロイを心配そうに見ていたが、彼が全くと言っていいほど慌てていないのに気づき、
「ロイ、何かあるの? 貴方、全然焦っていないわ」
と尋ねた。その言葉にロベルトとシェリーはハッとしてロイを見た。
「ロイ、何か秘策があるのか?」
ロベルトが言った。ロイはフッと笑って、
「もう少し引きつけてからにしようと思ってるのさ。連中に、これ以上はないくらいの屈辱を味わわせてから、脱出する」
「ええっ?」
エリザベスとロベルトとシェリーが同時に同じ言葉を発するなど、これから先もそうそうあるものではない。
「妙だな」
隊長があまりにも静かなクロノスに違和感を覚えた。
「何かあるぞ。おい、クロノスのマニュアルを携帯に転送させろ。何か我々の知らないことをやろうとしているのかも知れん」
「はっ!」
隊長はクロノスを睨んだ。
「ガキ共に軽くあしらわれるほど、我々は間抜けではない」
と彼は呟いた。
ロイは突然部隊が停止したのに気づき、
「どうしたんだ? 接近するのをやめたぞ」
「感づかれたか? まずいな」
とロベルトが身を乗り出してスクリーンを見た。シェリーが、
「何かするつもりなのかしら?」
「連中、一般兵じゃなさそうだな。士官学校で噂になってる、特殊部隊かも知れねェぞ。だとすると、ヘタな小細工をするより、さっさと逃げちまった方がいいかもな」
とロベルトはロイを見て言った。ロイはロベルトを見て、
「お前はどう思うんだ、ロベルト?」
「俺は、とっとと脱出した方がいいと思う。連中は俺らの浅知恵じゃ太刀打ちできねェッて」
ロベルトの弱気な発言に、ロイは余計に特殊部隊の実力を見てみたい衝動に駆られた。
「このクロノスが、特殊部隊ごときにやられちまうのなら、盗む必要もないってことだよな」
「おい、ロイ、お前何考えてんだよ? やばいって! さっさとずらかった方が正解だよ」
ロベルトは真面目な顔で意見した。逆の光景はよく見るな、とシェリーは思った。
隊長はクロノスのマニュアルを携帯で確認していた。
「なるほど。クロノスはVSOL( 垂直離着陸・短距離離着陸可能機 )なのか。ガキ共の狙いがわかった」
隊長はニヤリとした。
「我々が接近したら、同時に垂直離陸して、一気にここから脱出するつもりだ。司令部に連絡。クロノス離陸に備え、対空ミサイルを配備されたしと」
「了解!」
隊長は腕組みし、クロノスを見た。
「対空ミサイルごときで落とせるとは思えんが、足止めにはなる。ガキ共はミサイルの衝撃で目を回して、気絶してしまうだろうから、その時こそ、奪還できる。仮に連中が気絶しなくても、反撃する手段のないクロノスは、袋のねずみになる」
隊長はミサイルでクロノスを攻撃させるつもりなのだ。
「動かないな」
ロベルトが痺れを切らせて言った。ロイは、
「何か準備しているんだろう。こっちはそんなこと関係なく、ここから脱出させてもらうけどな」
ロイは赤いレバーに右手を置いた。
「強烈なGがかかるから、舌を噛まないように気をつけろよ」
と彼はエリザベスとシェリーに声をかけた。
「どれくらい凄いの?」
エリザベスが尋ねた。ロイはニッと笑って、
「すぐにわかるよ」
とレバーを引いた。
「キャーッ!」
二人の少女の悲鳴が、クロノスの中に響き渡った。クロノスは凄まじい爆音を出し、強力な垂直噴射で急上昇した。
「やはり、それか。愚かなガキだ」
と隊長は勝ち誇って呟いた。
「ムッ?」
ロベルトが体重の何倍ものGに耐えながら、スクリーンの片隅で展開している対空ミサイルに気づいた。
「おい、ロイ、ミサイルが発射されるようだぜ」
「だろうな」
ロイはそれすら予期していたようだ。
「発射!」
隊長の指示で、三発のミサイルが発射された。
「ああっ!」
ロベルトは絶叫にも近い声で叫んだ。
「ダメだ、ホーミングミサイルだ! 逃げられねェぞ」
「大丈夫だよ」
とロイは答えた。その直後、ミサイルはクロノスに命中した。
「直撃です!」
隊員の歓喜の声に、隊長は、
「当たっただけだ。あんなものでは、傷もつかんよ」
と冷静に言った。確かに隊長の言う通り、クロノスは爆雲の中から、何事もなかったかのように悠然とその姿を現した。
「何だと?」
冷静だった隊長の声が驚愕の色を見せたのは、クロノスがさらに上昇した時だった。
「くっ、ガキ共は何ともないのか。第二撃を撃て。足止めになっていないぞ」
隊長がそう指示した時、すでにクロノスははるか上空にいた。
「射程圏外です」
隊員の一人が悔しそうに言った。隊長は呆然としていた。
「バカな.....。何だ、あの速さは。垂直上昇であの速度、信じられん」
支部長は真っ青になっていた。
「クロノスを奪われた事が本部に知られたら、銃殺されるぞ。何としても、奪い返すのだ!」
と彼は周りの人間全員に怒鳴り散らした。
すぐにクロノス追跡隊が編成され、10機の戦闘機と、3機の哨戒機が発進した。
「やはり連中、反乱軍と通じていたのでしょうか。クロノスが飛び去ると同時に、反乱軍も退却して行きました」
と参謀が言った。支部長は腕組みをして、
「その可能性は大いにあるな」
と呟いた。しかし真相はそうではない。反乱軍は、クロノスが発進したのを見て、カンサイ支部の反撃が始まったと勘違いし、退却しただけだったのだ。戦争とは、そうした誤解や勘違いで、戦局が大きく変わる事があるものなのかも知れない。
「何とか脱出できたな」
とロベルトが言うと、シェリーが、
「もう、いい加減にしてよ。あんな凄いGがかかり続けたら、私の抜群のプロポーションが崩れちゃうとこだったよ」
「はァ?」
ロベルトのバカにしたような声に、シェリーはムッとして、
「後で覚えときなよ、ロベルト!」
と怒鳴った。ロイはオートパイロットを作動させ、席を立ってエリザベスに近づいた。
「大丈夫か、エリー?」
「ええ。ちょっとびっくりしたけど」
エリザベスは思ったより冷静な自分に驚いていた。
「あと数時間で、ニュートウキョウだ。そこからが、また一勝負だけどな」
とロベルトは言った。