99:プリントアウトしてアルバムに
何度か目の呼び出し音でようやくつながった。
「賢司さん? 僕、智哉です」
『ああ、ちょうど僕も君に電話しようと思っていたところだよ』
「今夜、お会いできませんか? お話ししたいことがあります」
今日は幸い、母親も仕事が休みだ。家を空けることができる。
それに、事は緊急を要していた。
『僕も、君に来てもらいたいと思っていたところなんだ。今夜8時ぐらいでどうだろう? もしかすると少し遅れるかもしれないけれど、鍵は持ってるよね』
「はい。それじゃあ、8時に」
学校から帰宅した智哉は、明日の予習もそこそこに出かける準備をした。
賢司に会って確かめたいことがある。
今日の昼、円城寺から聞いた話が智哉にはどうしても信じられなかった。
あの人は周を、自分の弟を何だと思っているのだろう?
刑事達はきっと周に動機があることから、角田殺しに絡んでいると考えるに違いない。
親切にしてもらったことも、助けてもらったことにも感謝している。
だけど。それとこれとは話が別だ。
やはり周は自分にとって、大切な友人であることに変わりはない。
円城寺から聞いた話が本当なら、今までのことをすべて周とその義姉に打ち明けるつもりだ。
智哉は家を出てバス停に向かった。
バスを待っている間、スマホが着信音を知らせてくる。
まさか今になってキャンセルなんて言わないだろうな、そう思って通話ボタンを押す。
『智哉か?』
賢司ではなかった。そして、応答してしまったことに微かな後悔を覚える。
友永の声だ。
『今、話せるか?』
「……もうすぐバスに乗るので」
『どこにいるんだ? これから会えないか?』
「……無理です。僕も予定があるので」
『昨日は……悪かったな。ごめん』
電話で言うことか、と思ったが黙っておく。
声に出ていない気持ちが伝わったのか、
『そう、ちゃんと顔を見て言いたいんだ。だから……その予定が終わったら、少しの時間でいい。会ってくれないか……』
ふと、智哉は急に思い出したことがあった。
そう言えばこの人は確か、元少年課だったと。
そこで、つい思いつきを口にした。
「僕がこれからどこに行くか、当てられたらどうぞ。用事が終わったら」
賢司が仮住まいにしているマンションは流川の町の外れ、そこに行くにはどうしても繁華街を通らなければならない。
『……ヒントは?』
「僕が友永さんと初めて会った場所から、そう遠くはありません」
返事を待たずに智哉は電話を切った。
約束の時間の10分前に目的地へ到着してしまった。
智哉は持っていた合い鍵を使って中に入った。玄関に靴がないことから、賢司はまだ来ていないらしい。
ここに置いてある私物を持って帰ろう。きっともう、ここには来ない。
大した荷物はないけれど。
靴を脱いで中に入り、一通り私物をまとめてカバンに入れる。
その時、ドアの開く音がした。
「賢司さん?」
しかし玄関に立っていたのは、見ず知らずの、白髪頭の中年男性であった。
※※※※※※※※※
今日もどうせ、帰れたとしても午前様だろう。
息子達はいないし、逮捕した少年は相変わらずダンマリか、口を開けば意味不明なことを繰り返すばかりだ。
今は少年のスマホの復旧を待っている。鑑識員たちも必死で徹夜作業をしている。 聡介は部下達と、それから日頃親しくしている鑑識員達に差し入れでも買いにいくかと席を立った。
「班長、おでかけですか?」
うさこが声をかけてくる。
「ああ、ちょっと買い物にな」
「か、買い物って……そんなの、私に言いつけてくださればいくらでも!!」
「いいんだ。じっとしていると、何だか落ち着かなくてな。少し外の空気を吸いたいっていうのもあるし。うさこ、お前何が食べたい?」
「そ、そ、そんな!! じゃあ、私も一緒に行きます!!」
「俺も」
と、めずらしく立ち上がったのは友永だった。
「ど、どうしたんですか?! いつもなら私がコンビニ行くっていうと、週刊真相と週刊マンデーを買ってこい、しか言わない友永さんが!!」
確かにめったにないことだ。
「俺が行くから、お前は留守番してろ、うさこ」
「え~?」
うさこは不満げな顔をする。が、一応階級も経験も先輩である友永の言う通りにするらしい。彼女は席に座り直した。
「班長、少し遠出してもかまいませんか……?」
会議室を出るなり、友永が言いだした。
「遠出?」
「俺が運転しますんで」
どこへ行くつもりだろう? コンビニなら歩いて5分ほどの場所にあるのだが。
「例の、あの子か?」
友永は頷く。
「直接会って、確かめたいことがあります。昼間……鶴岡って奴が言っていたことなんですが」
「ああ、確か被害者に脅されていたっていう話だな? 実は俺も引っかかっていた」
猪又が所持していたパソコンにあったファイルはすべて調べ済みだが、それらしいものは見つかっていない。もしかするとパソコンに保管ではなく、もっとアナログな方法だったのかもしれない。
「さっき智哉に連絡したら、出かけてるって……」
「こんな時間にか?」
「どこにいるのかハッキリ言わないで、俺と初めて会った場所って……薬研堀通りですよ? あいつみたいな未成年の行く場所じゃない」
「あの子は、そこで何をしていたんだ?」
「何も目的なんかありませんよ。家に居づらくて外に出てきて、誰かに声をかけてもらえるのを待ってる……そうやって風俗の世界に入れられた家出少年少女を、俺は何人も見てきました。だから余計に放っておけなくて……」
「……お前に出会えて、彼は幸せ者だと思うぞ?」
行こう、と聡介は友永の背中を軽く叩いた。




