97:観察眼
「動機っていう面ではかなり濃厚だが……篠崎智哉……あの子は違う、ってお前は言うんだろう 友永?」
「班長だって、信じるって言ったじゃないですか」
病院を出てすぐ。
子供のような口調でそう言う友永の横顔を見ながら、聡介には幾らか引っかかるキーワードがあったため、次にそのことを考えることにした。
『双子の姉妹がいるんじゃないか』
調べればすぐにわかることだろうが、本当に存在するのだろうか?
それにしても。動機を持つ疑わしい人間がこうも周囲にいるというのは、いったい被害者の親は息子にどういう教育を施してきたのだろう。
「……もう一度、最初から情報を整理するぞ?」
「はい」
「猪又が殺害される少し前に、奴は誘拐未遂事件を起こした……それは、角田っていう子が依頼した……」
「そうでした。猪又と角田の間で何か取引きしていたような様子だった、っていう目撃証言もありましたね」
2人は顔を見合わせる。
「……となると、どうなるんだ……?」
「動機っていう点ではまず、ジョージって奴の方が怪しくなります。でも……俺も一度そいつと会って話したことがありますが、じゃあ奴がホンボシかって言われたら、全然しっくりこないんですよ……」
聡介には友永の言うことがわかる気がしていた。
「そのジョージって言う奴はやたら理屈っぽくて合理的です。憎たらしいからって、簡単に力に訴えるタイプではないと思うんですよ。理論で相手を追い詰めて、下手したら本当に法廷に持ち込むかもしれない」
「随分、買ってるんだな。そのジョージって子を」
「いや……ただの勘っていうか、俺が受けた印象ですが」
友永はボリボリと頭をかき回す。そして、
「智哉の方は、あいつは右頬を叩かれたら、左頬も差し出すような人間です。そして、そんなあいつが親しくしてる藤江周って子も……少し短気なところはありますが、つい手を出してしまったことを後悔してる様子が見て取れました。その上ちゃんと、謝罪に行ったんでしょう? あの子達は全員シロですよ」
彼は本当に、子供が好きでよく観察している。
聡介はそう感じた。
亡くなってしまったという彼の息子はきっと、父親のことが大好きだったに違いない。
そうして彼もまた、息子を心から大切に思っていただろう。
今はひたすら忙しくして、自分の息子のことを考えないようにしているのかもしれない。
思わずこちらが泣いてしまいそうになった。
※※※※※※※※※
午後の授業はほとんど頭に入って来なかった。
本当は智哉や円城寺と一緒に下校するつもりだったのだが、1人になりたくて、周は2人に断りを入れてから帰途についた。
かくいう2人も何か思うところがあるのか、どこかボンヤリしているように見える。
円城寺から聞いた話は周にとって、まさに【青天の霹靂】であった。
今まで兄が自分をどう思っているかなんて考えたこともない。
父の元に、藤江の家に引き取られてからずっと優しくしてくれた。
時々、体面や世間体を気にし過ぎだと思うことはあるが、憎まれているとか、疎まれているとか、そんなこと……。
でも。今まで賢司が優しくしてくれたことを当たり前のように思っていたけれど、改めてよく考えてみたらそれは普通にできることではない。
周の母親は、賢司から父親を奪った存在なのだ。
兄にしてみれば、親子共々憎んで当然なのではないだろうか。
甘えすぎだったのか。
そう考えたら、急に泣きたくなってきてしまった。
帰宅してドアを開けると猫達が走ってきて出迎えてくれる。
その割に、抱っこしようとして手を伸ばすと2匹とも知らん顔だ。
「おかえりなさい」
いつもと変わらない笑顔で美咲が出迎えてくれる。
しかし彼女はすぐ、心配そうな表情になった。
「どうしたの? 学校で何かあったの……?」
「……ううん、別に……」
すると今度は、悲しそうな顔になる。
「ホントに、大丈夫だから」
「おやつ食べる? 今、お茶を淹れるから」
半信半疑の様子で彼女は問いかけてくる。
周はうん、と答えて一度自分の部屋に入り、着替えて再びリビングに戻った。




