96:元少年課の手腕
その日の午後。聡介は友永と一緒に、被害者である角田道久と親しかったという鶴岡という生徒を訪ねて、市民病院へとやってきていた。
6人部屋の一番手前、病院が用意した寝間着を着た少年はボンヤリと宙を見据えていた。
「鶴岡克俊君?」
聡介が声をかけると、彼は虚ろな目で見返してきた。
「少し、話を聞いてもいいかな?」
「……誰?」
警察の、と言いかけた聡介を遮るように友永が穏やかな答える。
「お前の味方だ、安心しろ」
すると彼は素直にうん、と頷いた。
鶴岡と言う少年はどうやら鼻を怪我させられたらしい。顔じゅうに巻かれた包帯と傷テープがそのことを物語っていた。
「ひでぇ目にあったな? 痛かっただろ……」
友永は少年の手を握り、優しく声をかけた。
すると。みるみるうちに彼の目から涙が溢れだした。
「辛いな、殴られるのは」
「……」
「身体も、心も痛い。理由もないなら余計にだ」
少年は嗚咽しながら俯いてしまう。
「なぁ……どうしてこんなことになっちまったんだ? 俺達は、お前さんを責めるつもりは少しもない。ただ……角田のこと、ニュースで見たろ? 詳しいことを教えて欲しいんだ」
「お、俺が……あいつを、殺したって……疑って……?」
「違う」
猜疑の目でこちらを見る少年に、友永は続けて答える。
「信じる、お前の言うことを」
さすがだな、と聡介は内心舌を巻く思いであった。
「俺は……角田を殺しとらん」
か細い声で、少年は言った。
「つーか、あれから今日まで全然外に出とらんし……」
「あれからとは?」
「角田のクソ野郎が、藤江のバカと喧嘩した日……」
「そのことなんだが、いったい何が原因なんだ? 聞いた話では、もう1人別の生徒が関係してくるようだったが」
そうして。鶴岡の供述は聡介たちの既知の事実とほぼ、相違がなかった。
「そもそも、だ。なんで角田は、そのジョージ……だったか、そいつのことを目の敵にしているんだ?」
「あいつの彼女を、ジョージが奪ったから」
痴情のもつれか。
まだ高校生だろうに、と聡介は苦々しい思いを表に出さないよう苦労した。
「もっとも角田の被害妄想だけど。ジョージの方は彼女のこと、鼻にも引っかけてなかったし。要するにあいつは、ジョージがイケメンで、頭がいいのが気に入らないって言うだけの話」
わかりやすく、子供じみた理由だ。
「こないだジョージと久しぶりに顔を合わせて、俺らが奴のことをからかってたら、藤江の奴が本気で怒ったんよ。わしにはわからん、なんで他人のことなのに、あんなに怒って殴りかかったりするのか……」
それが藤江周と言う子なんだよ、と聡介は言いたかったが、きっと理解できまい。そう思って黙っていることにした。
「かくいうお前さんは……どうして、そんな奴とつるんでたんだ?」
友永が訊ねる。
「だって、親がそうしろって……」
「両親が?」
「うちのオヤジ……角田の親父の部下じゃけん。そういうこと」
先ほどの亀山と言う少年も同じことを言っていた。
父親同士の人間関係が子供にまで及ぶとは。
聡介は呆れてものが言えなかった。だが思えば昔、まだ官舎住まいだった頃は、父親の階級が子供同士の関係に影響を及ぼすことは多々あった。
「それで、いつもあいつと一緒にいたんだな? だったら……知ってるよな? 角田が篠崎智哉を脅していたネタを」
すると鶴岡は驚いた顔をした。
「オジさん、シノとどういう関係……?」
「何だっていいだろ。さしずめ、父親代わりだと思っておけ」
さっきまで柔和な顔つきをしていた友永が、急に怒りの表情を浮かべ、少年に詰め寄る。
やれやれ、またこっちが【良い警官】の役をしなければならないのか。
「少し落ち着け。彼はこんな酷い怪我をおしてまで、こっちに協力して、質問に答えてくれているんだぞ?」
「いいから答えろ!! でないと、脅迫の疑いで署に連れていくぞ?!」
「あ、あれは……角田の叔父さんが……!!」
「角田の叔父さん?」
「その人、何とかって、刑務所から出てきた人を面倒見てるんだろ?」
角田幸造が保護司をしていて、猪又の世話をしていたことは周知の事実だ。
「あいつ、何とかしてジョージに思い知らせてやりたいって前から言ってて……奴に小学生の妹がいることを知ったんだ。そうして……」
鶴岡の話によれば。
角田道久は叔父の幸造が保護観察していた前科者の個人情報をこっそり盗んでいたというのだ。どういう罪で逮捕に至ったか、どんな性癖をもっているか。
そんなある日、もっとも適切と思われる人物を見つけた。
猪又というロリコン。
こいつに憎たらしい円城寺の妹を誘拐させ、汚してしまえ。
そうすれば自分の気が晴れるから。
確かにロクでもないクソガキだ。
「で、結局どうなったんか知らんけど……疑うんならジョージのこと疑った方がええよ? あいつが一番、角田に恨みを持っとるんじゃないかのぅ」
「おい、質問の答えがまだだ。ジョージとやらはいい、篠崎智哉の方だ!!」
「焦るな、友永」
「角田が……そんな訳で、そのロリコンの家を訪ねて行ったんよ。そん時、その変態野郎の家でシノの写真を見つけて……」
「写真?」
「あいつ男のクセに、ガキの頃……あの変態に女の子の格好をさせられて、何枚も写真を撮られとったんよ……」
「それで智哉は、その写真に映っているのが自分だって認めたのか?」
「……そう」
友永がすっかり驚き、黙りこんでしまっている。
「それと、もう1人……シノとよぅ似た女の子が一緒に映っとった。あいつ、実は双子の姉妹がおるんじゃないかって……」
「双子の姉妹……?」
「シノはそんなんおらん、知らんちゅうて否定しとったけど」
まさか、戸籍に入っていないのだろうか?




