94:寝言は寝てから言え
少し時間を戻して、一方その頃……的な。
周と駿河の区別がつかないとか、そこ言わないの……(T_T)
「寝起きの顔が見られるなんて、僕だけの特別な権利だね?」
「……和泉さん……」
「すごく可愛いよ……って、周君に言ってみたいなぁ~!!」
「予行演習をするのは勝手ですが、僕を練習台にするのはやめてください」
目を覚ました状態で寝言を繰り広げる和泉に対し、駿河はいたって冷静であった。
米子の刑事が泊まるように手配してくれたのは、海辺に沸く温泉という、皆生温泉のとある旅館であった。2人一部屋だが。
「……なんていう遣り取りをね、猪又と中原優香里がしてたかどうか……」
「2人が男女の関係にあったと?」
「わかんない。幼馴染みって言うのは微妙だからね……ただ。僕だったらたぶん、刑務所から出た後に伝手を辿るとしたら……親しくしてくれてた相手を探すと思うんだ」
「そうかもしれませんが……普通に考えて、ムショ帰りの人間をまともに相手する訳がないと思うのです。保護司は別として」
「そうだよね。まして相手は今や、売れっ子のご当地アイドル……角田のあの事件以来、すっかり全国規模になった樫原詩織のマネージャーだもんね」
和泉は伸びをしてから布団を出て、顔を洗いに洗面所へ向かった。それから素早く服を着替え、枕元に置いておいたスマホを確認する。
「あ、聡さんから返事があった。何なに……?」
中原優香里。年齢46歳。
鳥取県西伯郡岸本町出身。最終学歴鳥取県立米子東高校卒業。
高校卒業後、上京。定職には就かず、アルバイトをこなしながら1人で暮らしていたようだ。昨日、彼女と猪又の同級生だった女性から聞いた話を思い出す。
もしかして本気で歌手を目指していたのかもしれない。
その後、30歳の時に結婚。31の時に長女を出産。その後夫の両親と同居する為、相手の地元である広島へと移転。
35歳の時に離婚、そして破産宣告。
離婚後は広島市内に残り、芸能プロダクション『株式会社ヒロ興業』に就職。
長女の氏名は『中原詩織』
「……詩織……?」
「詩織って、もしかして……樫原詩織のことですか? 芸能人ですから、芸名で姓を変えている可能性も……」
言いながら駿河は自分のスマホを操作した。
「本名は中原詩織……親子だったんですね?」
「そうみたいだね」
和泉はテレビのスイッチを入れた。ニュース番組では相も変わらず『樫原詩織』に関する話題を扱っている。長い黒髪を揺らしながら歌ったり踊ったりしている彼女を映し出す。
『来期からの連続ドラマ、主演が決まったそうですよ』
『楽しみですね』
『続いてはお天気です』
「今がまさに絶頂……売り出しには最高の期間ってことだよね」
「まさか、売名行為のために事件を起こしたと……?」
いや、と和泉は首を横に振る。
「売名行為だけなら刑事事件なんかを起こすよりも……それこそ、既に売れてる俳優とかアイドルとのスキャンダルを仕組めばいい。人の命を奪ってまでも隠さなければいけない事実があったと考えた方が、可能性としては高いと思うんだ」
駿河は顔にこそ出していないものの、かなり驚いている様子だ。
和泉はテレビ画面に流れるローカルCMを見ながら、頭の中で必死に様々な可能性を考えていた。
とにかく今日は一日、この女性について調べ回ろう。
※※※※※※※※※
授業のジャマにならないよう、短い休憩時間と昼休憩の時間を活用して、刑事達は聞き込みを続けているようだ。
生徒達の中には初めて見る本物の刑事に、やや興奮している者もいた。
「周、ちょっといいだろうか? 篠崎君も一緒に」
昼休憩の時間。いつも通り智哉と一緒にお弁当を食べようと思っていた周は、円城寺に呼ばれ、教室の外に出た。
「どうしたんだ?」
「話したいことがある」
そうして円城寺が2人を連れて行ったのは、ほぼ幽霊部員しかいないことで有名な、文芸部の部室であった。この学校は体育会系の部活は活発だが、文化系の部活はさっぱり機能していないのである。
昼休みの今、そこには誰もいない。
3人は持参した昼食をそこで広げた。
「実は先日……さっき話を聞きに来た刑事の1人に、流川で出会った」
「それって、高岡さん?」
「どっちの話だ?」
「ほら、ロマンスグレイのオジさん」
「そうではない。黒髪の……確か、友永と名乗った。それからもう1人、若い刑事が一緒だった」
智哉がぴく、と身体を震わせる。
「ニュースでも言っていた。角田を殺害した犯人は、何者かに依頼されたと供述していると……そこで警察は、誰がその依頼主なのかを必死で探しているようだ」
そうだろう。
でも、いったい誰が?




