93:良い警官と悪い警官
1時間目の授業が終わった時、10分だけという条件で学校から事情聴取を許された。
被害者、角田道久と親しかった亀山という生徒は、落ち着かなそうにそわそわしている。
「俺、大したことは話せませんよ?」
と、開口一番、予防線を張る有り様である。
「大丈夫、君のことを何か責めようって言う訳じゃないから」
恐らく角田に追随して他人を不快にさせていたクチだろう。聡介が優しくそう告げても、表情が和らぐことはなかった。
「おい、お前」
友永が威圧的な口調で亀山に詰めよる。
「警察舐めんなよ? こっちが本気になれば、お前らがどんな悪さしてたかすぐにわかるんだからな。今の世の中、何でもかんでもすぐ裁判沙汰だからな?!」
「よせ、そんなふうに脅すんじゃない」
良い警官と悪い警官、か。
コンビで事情聴取に当たる際、1人が圧力をかけて恫喝する一方、もう1人が優しく接するというやり方である。そうするとなぜか、優しい方へ情報提供してやろうという気持ちになるらしい。
すると案の定、
「あ、あいつ……あちこちでいろいろ悪さっていうか……いろんな奴をイジメてました。あいつのせいで不登校になった奴、いっぱいいます」
「具体的には?」
「……それは、先生達に訊いた方が早いと思いますけど。俺は角田とは高校からの付き合いなんで、小中学校の頃のことは知りません」
聡介は友永を見た。
彼は亀山に顔を近付け、相手のネクタイの結び目をつまんでみたりする。
「最近はどうだ? 誰かを脅したり、いいように扱ったりしてたんじゃないのか?」
「それって、シノのことですか……?」
「シノ? シノって誰だ」
「同じクラスの、篠崎智哉っていう……」
それは周の友人の名前ではないか。
「おい、どういうことだ?! 詳しいことを話せ!!」
友永は亀山の肩をつかんで激しく揺する。いったい、どうしたというのだ。
「智哉が何か、脅されていたらしいことは知ってる!! 原因は何だ?!」
「そ、それは……角田が……あのアホしか知りません……俺ら、何も教えてもらってないんで……」
元少年課の現刑事は舌打ちして、ぱっと手を離す。
「あ、でも鶴なら……」
「鶴?」
「鶴岡です。もしかしてあいつなら何か知ってるかも。あのクズとは、俺よりずっと長い付き合いじゃけん」
聡介は彼の言い草に疑問を覚えた。
「友達だろう……?」
「あんな奴、友達なんて思ったこと一度もない!! ワシら、父親があいつの父親の部下じゃっちゅう理由だけで、それだけで下げたくもない頭を下げさせられて、ほうじゃ、ワシの気持ちなんて誰にもわからん!!」
亀山は時計を見て立ち上がる。
「ほんなら、時間じゃけ」
「待ってくれ。その鶴岡という生徒に、次の休憩時間ここに来るよう伝えてくれないか」
聡介が声をかけると、
「……鶴は、入院しとる」
「入院?」
「あのバカに殴られて、大怪我したんじゃ」
2時間目の授業が始まると、刑事達は居場所がなくなってしまった。
聡介は友永と一緒に、中庭のベンチに腰かけた。
すぐ目の前には自動販売機には通常価格よりも安く設定されている飲み物が陳列されている。
「さっきのは、どういう訳だ?」
「……何がです?」
「篠崎智哉君っていうのは藤江周君の友人だろう? 礼儀正しい、とてもいい子だ」
「なんだ班長、知ってるんですか……」
「少しはな」
「覚えていませんか? つい最近ですよ、俺が流川で未成年の女の子を拾って持って帰ったなんて……くだらないガセネタで、監察の平山っていうキツネ野郎が乗り込んできたでしょう?」
そんなことがあった。
「あの時、俺が拾ったのが……篠崎智哉です」
「そ、そうだったのか!!」
「あいつ……家の中がゴタゴタしてるみたいで、1人でいろいろ抱え込んでるみたいで。出会ったのはたまたまですが、息子のこともあって、同じ名前のあいつのことをどうしても放っておけなかったんです……」
友永は立ち上がって小銭入れを取り出し、缶コーヒーを2本買って戻ってきた。
ちゃんとこちらの身体事情まで知っているらしく、彼は無糖と書かれた物を一本寄越してくれたのだった。
「一昨日の夜……たまたまですが、葵の奴を連れて流川に行ったんです。そうしたら智哉の友達だっていう妙なガキに出会って。そいつから聞きました。智哉は角田って野郎に何か脅されている様子だったって」
「なんだって……?」
「だから俺は、まさかと思ったんです。角田が殺された、それも誰かに依頼されて……って聞いて」
それでここ最近見聞きした話の内容がようやく、聡介の中で一本の線になってつながった。
「あいつがそんなことをする訳がない。そう思って昨日……さりげなく様子を伺いに行きました。そうして確信したんです。あの子は犯人じゃない」
「……」
「おかしいですか? 感情論に流されてると、でも?」
聡介は友永のそんな表情を初めて見た。
いつもどこか他人をくったような、かつては【昼行燈】などどあだ名されていたぐらいの、イマイチやる気の見られない元少年課の刑事。
前の部署で何かやらかして、自分の下についたとは聞いていたが。
意外にも【熱い】ものを持っているようだ。
「わかった、俺もあの子を信じよう」
「班長……」
友永はホっとした表情を見せる。
「刑事もベテランになってくるとな、一目見ただけでホンボシかどうか、感覚だけでピンとくる。少年を相手に長い間やってきたお前があの子は違うっていうんなら、確かにそうなんだろう」
今度はひどく驚いた顔になる。
それから彼は、ぐいっと缶コーヒーを一気に空けた。
「……だとしたら、ですよ。誰が何のために……?」




