92:通学路にて
角田はもういない。
智哉を悩ませたり、円城寺に嫌がらせをする人間はもういないのに。
2人ともなぜか顔色が悪い。今日から一緒に登校しようと言われて、待ち合わせた場所で落ち合った時から、周はずっと気になっていた。
「2人とも、どうしたんだよ?」
「いや、たいしたことじゃない……」
なら行こう、周が一歩踏み出そうとした時だ。
「ねぇねぇ君達、安佐南高校の生徒さんだよね?! 殺された角田君について、何か知ってることあったら教えて!! クラスの中で、校内でイジメとかあったの?!」
ラフな格好の若い男が近寄ってきた。
手にはカメラとマイク、恐らくマスコミ関係者だろう。
ちなみに昨夜、学校から連絡があった。角田の件に関し、マスコミ関係者から何か聞かれても、決して答えてはならないと。
「問い合わせは学校の、広報窓口にしてください」
何か聞かれたらそう答えるようにとも言われている。
行こうぜ、と周は友人達の背中を押した。
「もしかして角田君と同じクラスだったりする?! そのカバンのラインの色って確か、2年生だよね?! 詳しいこと教えてよ!! もしかして君が実行犯に依頼した?! どうなの?!」
マスコミ関係者はしつこく追いかけてくる。
誰も何もしゃべらない。
赤信号で足止めを食らうと、ますます執拗に質問を重ねてくる。
やがて、
「あれ? なんか君って、樫原詩織に似てない?!」
男は智哉に目をつけたようだ。
「よく言われない?! もしかして親戚か何か、関係あったりとかする?!」
そして今度は、断りもなく智哉を撮影し始めた。
「やめてください!!」
「やめろよ!!」
周は智哉を庇い、男と揉み合いになる。
「退けよ、ジャマだ!!」
「やめろって言ってんだろ?!」
「退けって言ってんだろ!!」
と、その時だった。
「何をしている」
背後から聞き慣れた声。
「何だよ、あんた!!」
「こう言うものだが」
男はぱっと周から手を離し、尻尾を巻いて逃げて行く。
振り返ると、
「高岡さん……」
隣室に住む刑事と、もう1人。何度か見かけた刑事が立っている。今日は和泉が一緒ではないみたいだ。
「よぉ」
軽く右手を挙げたその中年男性は、確かに見たことがあるのだが、記憶違いかもしれない。以前とは髪型も違うし、今朝は清潔感がある。
すっ、と智哉が顔を背けたのがわかった。
「ちょうど、周君達の学校に行こうと思っていたんだ。一緒に行こう?」
良かった。
これでマスコミ関係者に絡まれることもないだろう。
※※※※※※※※※
「今日、和泉さんは一緒じゃないんですか?」
どこかに隠れているとでも思っているのか、周はキョロキョロしながら問いかけてくる。
「彰彦は出張していてね」
「へぇ~、出張!! いいなぁ……って、遊びに行く訳じゃないですよね?」
はは、と笑ってみせてから内心、どこかで遊んでいないかと聡介は少しだけ不安になる。
まさか……。
「ところで周君、あの日……クラスメートの事件があったライブハウスに行ってたそうだね?」
「……はい。そうだけど、なんで知ってるんですか?」
思わぬ反問にあって戸惑ってしまった。彼の兄が話した【余計なこと】を彼に知らせる訳にはいかない。
「いろいろね」便利な言葉だ。「それより公演が終わった後、君はどこでどうしていたの?」
疑われてる? と思ったのだろう。
それまで笑っていた少年の顔が強張る。
「……ライブハウスの向かいにある喫茶店に……義姉と2人で……」
「美咲さんと?」
「信じてもらえないかもしれないけど、樫原詩織が俺に……久しぶりに会って話がしたいから、待っててくれって。1人じゃ嫌だったから、義姉さんにも一緒に来てもらったんです」
もし本当に【嘱託殺人】なのであれば、アリバイはほとんど意味をなさない。
というか、明確なアリバイがある方がかえって怪しいような気さえする。
「樫原詩織って……あのご当地アイドルの?」
「実は俺、全然覚えてないんですけど……幼馴染みだったらしいです」
つまり彼女にほとんど興味がなかったということだろう。
「あ、でも。智哉なら覚えてるかも。なぁ、智哉!!」
少し後ろを歩いていた周の友人は、はっと驚いたように顔を挙げる。
「覚えてる? 樫原詩織って、俺達の幼馴染みだったんだって」
「……う、うん……そうらしいね」
「そうだ、あの日は智哉も一緒にライブへ行ったんです。チケットが4枚入ってて」
「チケット?」
「はい。俺はまったくそういうの興味なかったんですけど、こないだ偶然、町中で彼女に出会って……」
「こないだっていうのは?」
「俺が病院へ行った日です」
「病院って……周君。どこか具合が悪かったのか?」
すると周は、
「えーと、もっと前の時点からお話ししますね。あれは、先週だったかな……学校で騒ぎがあったのは……」
「騒ぎ? 何の騒ぎだったんだ」
そう言えば。和泉が突然、勝手な行動を取りだしたことを思い出した。
彼が正直に語って聞かせてくれた内容は、つい先日、藤江賢司が話した内容とほぼ一致していた。
被害者である角田が円城寺という生徒をからかったこと。そのことに怒った周が角田を殴ってしまい、その後、謝罪に向かった矢先で殴られたということ。
つまり、彼は角田に恨みがあると考えても無理はない。
だが……。
「周君はパソコンとかネットとか、よくやってる?」
「うーん……必要がある時だけ少し」
「SNSは?」
「全然です。うちの兄がいつも、どんな犯罪者や変質者に会うかわからないから、絶対にやるなって言ってますし」
そうか。聡介は心底ほっとした。
彼が嘘をつく理由もないだろう。それに、彼の性格的に隠れてこっそり……などと言うのは考えにくい。
「ありがとう、周君」
しゃべっていたらいつの間にか学校に到着していた。