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90:ゲゲゲの……

「大迫さん、境港っていうのは……タラがよく獲れる港で有名だったりしますか?」

 和泉は道路標識に【境港】と書かれているのを見て訊ねた。


「タラ……ですか? はて。有名なのはカニやイカだけん、タラは……がいに聞きませんなぁ?」

「そうですか……」


 岸本町は本当に何もない山奥だったが、米子市内はかなり開けている。後で聞いた話では、米子は古くからの商業都市であり、町の発展が早かったそうだ。


 それからさらに西方面へ走り、島根県との県境にある境港市内に入る。

 町のあちこちに、かの有名な妖怪のキャラクターの石像やイラストの入ったポスターを見かけた。

 そして、あの国民的アニメの原作者が境港市の出身であることを、実は和泉はその時初めて知った。


 該当の女性がいるのは境港駅前にある土産物屋だと聞いた。

 駅が近くなると、それなりに人出もあって賑やかだ。


「あとちょんぼーで着きますけ……あ、危ない!!」

 大迫が急ブレーキをかけたため、後部座席に乗っていた和泉と駿河は、つんのめってしまった。


「ど、どうしたんですか?」


 しかし彼はそれには答えず、

「このダラズが!!」と、窓を開けて叫んだのだった。「ほんにまけぇー、今の若いもんはしぇたもんだわ」


 ほとんど何を言っているのかわからなかったが、とにかく彼は怒っているらしかった。


「スマホ見ながら自転車漕ぎよってからに……」


「……ダラズって、どういう意味ですか?」

「ああ、それは【バカ者】とか【痴れ者】とか、そういう意味です」

 へぇ、と和泉はなんとなく頭の片隅にそれをメモしておいた。



 猪又の同級生だという女性がいる土産物屋に到着する。

「いらっしゃいませ」

「さっき電話した、大迫ちゅうもんじゃ」

「ああ、はいはい。いや~、猪又君ね。よう覚えとります」


 猪又の同級生だから年齢は40代半ばなのに、随分と若々しく見えた。イントネーションは山陰のそれだが、比較的標準語に近くて助かった。


「あの人、ゆかりと仲良かったんですよ。幼馴染みでね、まぁ彼女もそれなりに若い頃はヤンチャしてましたんで」

「名字は分かりますか?」

「なんだっけ……中村、じゃなくて……中谷……中原優香里だ、思い出しました!!」


「中原優香里さん……」


「そうそう。彼女は確か、猪又君がいなくなった後でもちゃんと学校卒業して……あ、そうだ!! 歌が上手くてね、ほら、のど自慢って番組あるでしょ? 何時だったか忘れたけど、あれが米子公会堂に来た時、出演してキンコンカンコーンって……」

 要するに合格した、と言いたいのだろう。


「そしたら彼女、有頂天になっちゃってね。歌手デビューして東京に出るんだって、夢みたいなこと言っていましたね」


 猪又のことを聞きに来たのだが……。


 顔に出ていたのか、女性はすみません、と言ってから、

「猪又君、学校をやめてからもちょこちょこ優香里のこと頼っていたみたいですよ? 私は直接現場を見てはいませんけど、お姉さんみたいに思ってたみたいです。彼女の方は仕方なく面倒みてたって感じでしたかね。2人とも共通点があったから仲が良かったんでしょうね」

「共通点? どんなものですか」

 女性は微かに侮蔑の表情を浮かべ、

「2人ともお金大好き、お金の亡者でした」

「金の亡者……」


「猪又君の方はお父さんがまともに働かない人だったみたいで、中原さんの方は確か……実の親子じゃないって言っていましたね。養子縁組だったとか。だから、って訳なのかどうか知りませんけど、もらえるお小遣いも少なくて……とにかくお金への執着心がすごかったですよ。そりゃ、お金はいくらあっても困るものじゃありませんけど?」

 なるほど。価値観の似た者同士、仲良くしていたということか。

「だからほら、芸能人になれば大金持ちになれるって考えたのかもしれませんね。そう上手くいく訳ないのにねぇ……」

 どうやら女性はどちらに対してもあまり好感を持っていない様子だ。


「でもさすがに、猪又君があんな事件を起こした時は、彼女も面倒見切れないって思ったんじゃないですか? 小さい子を誘拐しようとして殺したなんて……」

「彼はその、昔からそういう性癖を持っていたようでしたか?」

「どうでしょう? 学生時代はそんな感じじゃなくて、ごく普通だったと思うんですけどねぇ」

「……猪又氏が、あなたに連絡を取ってくることは?」

「やだぁ、冗談じゃないですよ!! そんなことある訳ないじゃないですか」

 そろそろ店じまいの時間だと言われ、時計を確認すると午後5時前。

 この辺りは夜が早いんです、とは言うが……体よく追い出されたのだと和泉達は悟った。


「中原優香里……どこかで聞いたような気がするな」


「……マネージャーです」

 ぽつり、と駿河が答える。

「え? なんの」

「樫原詩織のマネージャーです。もらった名刺にそう書いてありました」


「……ほんと?」

「間違いありません。調べてみればきっと、本人であることが判明します」


 和泉は電話を取り出し、聡介に連絡した。

しぇたもんだわ、とは……呆れたものだ、とか信じられないとか、そういう意味です。

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