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8:ローカルCM

「周君は、ほとんど何も知らないようですね? あなたと彼のお母さんのことも、ご主人と結婚した経緯についても」

「いえ……結婚した経緯については話しました……母のことはまだ話していませんけれど。あの子はそういうことにひどく敏感というか潔癖というか、ですから言えないでいるんです……」


「そうですか。でも……気をつけた方がいいですよ? 周君って時々、こちらの予想の斜め上を行く行動をしますからね」

 そうですね、と美咲は苦笑する。


「それで、どこの病院です?」

「え……?」

「女将さんが入院している病院ですよ」


 美咲が驚いて目を見張る。

「あの、どうして……」


「さっき僕が『女将さんは元気ですか?』って訊ねた時、返事がありませんでした。元気でなければ具合が悪いに決まってる。ついでに言うと、今日美咲さんが家におられるのはお仕事が休みなのではなく、辞めさせられたか……そんなところじゃありませんか?」


 和泉の台詞に、美咲はふぅと溜め息をついた。

「和泉さんはそうやって、容疑者を自白に追い込むんですね」


「美咲さんは容疑者じゃありませんよ、むしろ警護する対象だ。ついでに言うと、SPとマルタイ……警護する側とされる側に信頼関係が無ければ、どんなに腕が良くても危険から守ることはできませんからね」

 メイが和泉の腕から降りて、家の中に入って行く。プリンがそれを追いかける。


「……でも、できることなら……」

「わかっていますよ。葵ちゃんが女将さんの入院している病院に行かないよう、予防線を張るためです。我々も仕事柄、よく病院へ出入りしますからね」

 美咲は目を見開いて、和泉をまじまじと見つめた。


「そういう表情、周君にそっくりですね」

「……周君の気持ちが、わかる気がしました……」

 和泉は微笑んだ。そして、

「あなた達二人はよく似ていますよ。顔だけじゃなくて……ずっと、日陰で生きてきた人間には眩しい存在だという意味でもね」



 ※※※


 確かに和泉の言う通りだ。

 どういう訳かあの駿河のことが妙に気になる。

 かといって、別に怪しい意味合いは一切ない。


 周は自分でも説明できない気持ちを抱えている。


 考えたって仕方ない。


 周は制服から普段着に着替えると台所に向かった。冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注ぐ。ふと、ダイニングテーブルの上を見ると、パンフレットが何枚か置いてあった。

 

 予備校や学習塾のチラシだ。どうしてこんなものが?


 周は一枚手に取って眺めてみた。


 有名大学への合格者が何人だの、顔で選んだのではないだろうかという講師達の顔写真や、ネットで受講ができるだの、実力テストの日程だのいろいろ書いてあるが、どうしてこんなものが家にあるのか、そのことが気になった。


 周が通う学校は小学校から大学までエスカレーター式である。今のところ特に塾へ通ったり、家庭教師をつけてもらったりしなくても授業にはついて行けているし、今さら他の大学へ進学するつもりもない。ただ、学校を卒業した後のことはまだ考えていない。


 和泉達を見ていて警察も悪くないと思った。

 公務員は競争率が高いが、努力次第でなんとかなるかもしれない。


 けれど、それが本当にやりたい仕事なのかどうかは定かでない。


 とりあえずは今日の復習と明日の予習だ。周は机に向かった。


 それからしばらくして一段落ついた頃、玄関のドアに鍵のかかる音が聞こえた。義姉は今の今まで和泉と玄関先で話していたのだろうか?


「……周君」

 ドアをノックする音と共に、遠慮がちな義姉の声。

「晩ご飯、用意できてるから」


 はーい、と返事だけしておく。それから周は区切りのいいところで参考書を閉じて部屋を出た。

 

 リビングに姿を見せると、美咲はソファに腰掛けてテレビを見ていた。午後7時の時間帯でクイズ番組をやっている。


 周がやってきたのに気付いた彼女は立ち上がり、台所へ向かった。


 地方に住んでいると、その地方でしか放送していないローカルCMが流れることがあるのだが、今も地元ではかなり有名な和菓子店が、先日賢司が言っていたなんとかというタレントを起用していた。

 名前は覚えていない。覚えているのは同じ県民らしいということだけだ。


「なぁ、義姉さん。この子、なんて言ったっけ?」

 周が指をさした時、画面に映ったのはやはりあの少女だった。

「ああ、樫原詩織っていう子でしょう?」

「知ってるの?」

「私だって、名前ぐらいはね。この頃テレビ見る時間が増えたから……」

 やぶへびだった。周は口を閉じた。


「可愛いわよね、この子」美咲が言う。


「……義姉さんの方が綺麗だ」


 口に出してしまってから周は頭を抱えた。今、思わずさらりと和泉のようなことを言ってしまった!

 しかし当の美咲は、ありがと、とあまり本気にしていないようだ。


 話題を変えよう。

「ところでさ、テーブルの上に予備校や塾のチラシがあったけど……」

「あれね、実は賢司さんが持って帰ったの」

「賢兄が……?」


「昼間、一度帰ってきたのよ、着替えを取りに。その時に置いていったの」

 余計なことしやがって。周は胸の内で舌打ちした。


「周君、塾とか予備校じゃなくても、他にやりたいことはないの? クラブ活動とか、習い事だとか……私ね、今までずっと仕事で家を空けることが多くて、家のこと周君に負担かけてばっかりだったと思って……でも、これからは……」


 周が箸を置くと、美咲は微かに震えて言葉を切った。


「別に俺は、今まで我慢してたことなんてない」


 家事を率先してするのは、誰かに命じられた訳ではなく、負担だと思ったこともない。まわりの同級生達が部活動だ、習い事だと忙しくしているのを見て羨ましく思ったこともない。

 周は元々クラブ活動、特にスポーツに興味は薄く、文化系の活動、美術だとか音楽だとか文芸だとか、そういったものにも無縁だった。


「……なぁ、義姉さん。俺に遠慮したり、気を遣ったりするのはやめなよ」

 美咲は何と言っていいのかわからない、という顔をしている。

「俺達……家族だろ? 家族だったら、助け合って生きていくもんだ」


 矛盾しているかもしれない。彼女の本当の幸せのために、兄と上手く別れる方法を探りながらも、もし本当にそうなってしまったら『家族』ではなくなってしまう。


 しかし美咲はそのことを理解しているのかいないのか、うん、と微笑んだ。


 それから周はふと、智哉のことを思い出した。


 今はまったく事情がわからないけれど、あんな奴らとの付き合いをやめさせる方法を何とか考えたい。

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