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87:お祖母ちゃんの知恵袋

 不意に飛んできたビニールボールを上手く避け、友永は続ける。

「白血病だったってよ……元嫁の奴、ギリギリまでこっちに知らせないで……」

「それが【ともや】さんですか?」

 友永は力なく笑う。

「ちょうど、息子の容体が悪化したって聞いて、病院に行った次の日の夜だったかなぁ。お前に出会ったのは」


「あの時は……ありがとうございました」

「言ったろ、自己満足だったって。しかしびっくりした。まさか息子と同じ名前の子に出会うなんて。もっとも俺の息子とお前じゃ、似ても似つかない顔立ちだけどな」


「縁って、あるんですね……」

「そうだなぁ……世の中、え……」

 言いかけた友永が黙って、プールの方を見つめる。


 絵里香と同じか、もう少し小さいぐらいの1人の男の子が、やたらと彼女に向かってビニールボールを投げつけている。

 絵里香は無視して、男の子に背を向けた。

 しかし段々とエスカレートし、男の子はボールを手に妹の背中を叩き始めた。


 智哉よりも先に友永が立ち上がり、プールの中へ入っていく。

「おい、何やってんだ?」

 彼は小さな男の子の手をつかんでボールを取り上げた。すると、男の子が大声で泣き喚き出す。ほどなくして、男の子の母親と思われる若い女性が飛んできた。

「ちょっと、何やってるんですか?! こんな小さな子供に、大の大人が暴力を振るうんですか? 警察、警察呼んでください!!」

 若い母親は大きな甲高い声で大騒ぎし始め、まわりにいた人達もなんだなんだ、と注目し出す。


「警察ならここに呼ばなくても、ここにいる」

 友永はポケットから手帳を取り出して見せた。

 若い母親は青ざめる。


「あんた、スマホに夢中で自分の息子のこと全然見てなかっただろ? 言っておくけどな、あんたの息子が最初に、うちの娘にボールを投げつけて、挙げ句に背中を叩き始めたんだぞ?」


「しょ、証拠は……そんな証拠がどこにあるって言うんですか?!」

「目撃証言か? 店員さん、防犯カメラはどこにある?」

「は、はい……こちらに……!!」


 完全に分が悪いと悟ったらしい若い母親は、自分の子を抱きかかえ、逃げるようにその場を走り去って行った。


「ふん、くだらねぇ……!!」

 それから友永はしゃがみ込んで、絵里香の頭を撫でてくれる。

「偉いぞ、よく仕返ししなかったな?」

 妹は黙っているが、少し嬉しそうだ。


「可愛い子だから、ちょっかい出してきたんだろうな。美少女は辛いよなぁ?」

 すると彼女は顔を真っ赤にして智哉の所に走ってきた。

「よし、ご褒美に何か甘いもんでも食いに行くか?」


 その後、コーヒーショップで友永がアイスクリームをご馳走してくれた。

 急に眠くなったのか、食べている途中で絵里香は船を漕ぎ始めた。その内、智哉の膝の上ですっかり熟睡してしまう。


 外に出るか、と言われて彼女を背に負い、船のデッキを模した通路にところどころ設置してあるベンチに並んで腰かける。


「……さっきのことだが……」

「さっきのこと?」

「お前の妹。嫌がらせをされても仕返しするなって、親に教えられたのか?」

 友永の問いに、智哉は即答できた。

「いいえ。親はそんなこと、教えてくれませんでした。祖母が……母方の祖母が小さな頃は近くに住んでいて、よくいろんな物語を読んでくれたり、昔話を聞かせてくれたりしたんです。僕、小さな頃は……周に出会うまではいじめられっ子で、しょっちゅう泣いていたんですけど」

「そうか……」

「祖母はいつも、仕返しも復讐も何もいいことなんか生みださない、そう言っていました。まず、からかってくる人間を相手にしない。叩かれたらって、叩き返さない。そうすれば相手は自分の愚かさにいずれ気がつくだろうって」


「……気付かない人間は大勢いるぞ? 大人でもな」

「それはもう、その人の問題ですから」

 そうだな、と友永は笑う。

「だから僕もよく、妹に言ってきかせてます。仕返しをしちゃダメだって。難しいけどでも、それができるのはすごいことなんだって」


 友永が黙っているので、智哉は妙なことを言ってしまったのかと、不安になってしまった。

「偉いな」

 ストレートに言われると返答に困る。


 しばらく2人とも黙っていた。やがて、

「……なぁ。嫌なら答えなくていい。けど、できることなら答えてくれ」

 友永が前を向いたまま言う。


「何ですか?」

 智哉はなぜか嫌な予感を覚えた。


「お前、角田って奴に何か……脅されてたってホントか?」


 智哉は言葉を失い、しばらく隣に座る中年男の横顔を無言で見つめた。


 この人の仕事。何だったっけ?


 警察の人。

 刑事だって言ってた。


「なんで……」

「悪い、出所は言えない。でも……このままだともしかすると、お前にも疑いがかかるかもしれないんだ」

「角田を……あいつを殺す動機があるって、僕を疑ってたんですか?」


「智哉……」

「冗談じゃないです!! 確かにあんな奴、死ねばいいって思っていました。でも、心の中で思うことと、実際にするのとは……」


「悪い、俺が悪かった。言い方がまずかったな……」


 段々と胸の内側がどす黒くなっていくような気がする。

 疑われた。

 この人なら無条件で信じてくれると思っていたのに。裏切られた。


 智哉は寝ている妹を抱え上げて立ち上がり、

「失礼します!!」

 それだけ言い残して走り去った。

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