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86/138

86:余計なことを訊いてごめんなさい

 気分が悪い。


 周が今回の事件の被害者である角田との間で、ケンカ騒ぎを起こしたこと。その話をよりによって他の刑事達にも言いふらすなんて。

 あの藤江賢司という男は何を考えているのか。


 倉敷駅に到着したのでここから特急へ乗り換えである。スーツケースを転がしながら、刑事達は案内板の矢印に沿ってホームを移動する。


「あの……和泉さん。怒っていますか?」

「別に葵ちゃんのことは怒っていない。腹が立つのは周君のあの、ロクでもない兄貴にだよ。あんな家名第一、信用第一の見本みたいな人間が……」


「……これは自分の立てた仮説ですが」

 駿河が遠慮がちに話し出す。

「仮説?」

「彼はどこか、他人を振り回して喜んでいるというか……そんな稚拙さを感じるのです。些細な一言で誤解やすれ違いを生じさせ、仲違いさせたがっているかのような」

「……そんなことして何が楽しいの?」

「わかりません。それに、僕がそう感じただけであって、本当かどうかは」


 米子・出雲方面と書かれたホームに到着する。

「僕が周君の兄なら、絶対に近付けたくないね、あんな男にだけは」

 和泉は吐き出すように言った。


「……もしかして、そこが狙いなのかもしれません」

「え?」

「和泉さんに……周を近付けたくないと。もし我々が彼の言ったことを鵜呑みにして、あの子を疑うようになれば、当然ながら互いの間に溝が生じます。別に僕の個人的な事情がどうこうと言うよりも、あの人は……我々警察に対して、強い不信感を覚えているのでは?」

「そこはお互い様だよ。あの男こそ、何か絶対に後ろ暗いことしてるに違いないんだから」


 ふと、2人の前を若い男性の2人組が通りかかった。楽しそうに笑い合いながら。

 服装や持ち物からして旅行者だろう。今日は祝日だったか。


「あいつ絶対友達いないよね、藤江賢司って。周君はいろんな人から好かれてて、友達も多いから嫉妬してるんだよ、きっと」


「……和泉さんには……」

「え、なに?」

「友達、いるんですか?」

「……」

「……申し訳ありません。余計なことを言いました……」


 ※※※※※※※※※


 今日は昨日の雨が嘘のように、朝から太陽が照り輝いていた。


 広島港沿いに最近、大型ショッピングセンターができた。小さな子供が遊べる施設や、ちょっとした水族館があり、一日中楽しめるらしい。前から連れて行けと妹にせがまれていたので、智哉は友永に、そこへ行きたいと連絡しておいた。


 そして午後、約束の時間と場所に妹を連れて向かった。


 会うのはこれで3回目だ。

 智哉は初め、それが友永だとわからなかった。

 手入れしていないのが明らかなボサボサの髪は整えられ、髭もきちんと剃ってある。

 待ち合わせ場所に到着した時、思わず人違いかと思ってしまったぐらいだ。


「……なんだ?」

「いえ、別人かと思って」

「よく言われる。それより……その子が妹か?」

 智哉は後ろに身を隠している妹の背中を押して、前に出した。

「そうです。絵里香、昨日話した友永さんだよ。ご挨拶は?」

 しかし妹は怖がって、智哉の膝にしがみついてくる。

「ははは、まぁいいや。名前は分かった。よろしくな?」

 行くぞ、と友永は歩き出す。


 絵里香はしっかりと兄の手をつかんで、少なからず距離を取るように、わざとゆっくり足を進める。 

 かなり警戒しているようだ。

 確かに見た目は少し、怖いかもしれない。何て言ってもあの鋭い目つきが。


 ふと、前方から線香の匂いがした。

 それに。友永のスラックスは喪服の一部のように見えた。

 詳しいことを聞いてみたかったが、聞いてはいけない気がした。


「最初にどこ行く?」

「確か、3階の端っこに子供向けプレイランドって言うのがあって……」


 パステルカラーに彩られ、小型ジャングルジムや滑り台の置かれたそのスペースは、親子連れでいっぱいだった。

 一時間300円でボールプールやトランポリンなどを楽しめる。

 智哉は料金を支払い、目の届くところで絵里香が遊んでいるのを見守ることにした。


 妹はビニールボールが溢れかえったプールに入って、ボールを手に1人で遊んでいる。


「今日……本当に大丈夫だったんですか?」

 きゃーきゃーと、小さい子供特有の黄色い声の中、聞こえるだろうかと少し不安を覚えつつ、智哉は隣に座る友永に話しかけた。

「何が?」

「お仕事か……それか、何か他にあったんじゃ……」

「匂うか?」

「……お線香の匂いがしたので」

「バレたか」

 友永は笑う。


「息子のな、葬式だったんだ」

 驚いて智哉は腰を浮かせかけた。

「……仕事、仕事で……ロクにかまってやれなかった。他所の家のクソガキどもばっかり相手にして、肝心の自分の息子はほったらかし……別れた嫁に言われたよ、自分の子供の面倒見ないで、他の家の子ばっかり気にかけてるってさ」

「……」


「俺は、自分の仕事が好きだった。なのに……つまんねぇトラブルに巻き込まれて、島流しの刑、だ。もっとも流れた先の島は【楽園】だったけどな」

 具体的なことは理解できなかったけれど、何となく彼が今の境遇に満足しているらしいことだけは伝わった。

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