86:余計なことを訊いてごめんなさい
気分が悪い。
周が今回の事件の被害者である角田との間で、ケンカ騒ぎを起こしたこと。その話をよりによって他の刑事達にも言いふらすなんて。
あの藤江賢司という男は何を考えているのか。
倉敷駅に到着したのでここから特急へ乗り換えである。スーツケースを転がしながら、刑事達は案内板の矢印に沿ってホームを移動する。
「あの……和泉さん。怒っていますか?」
「別に葵ちゃんのことは怒っていない。腹が立つのは周君のあの、ロクでもない兄貴にだよ。あんな家名第一、信用第一の見本みたいな人間が……」
「……これは自分の立てた仮説ですが」
駿河が遠慮がちに話し出す。
「仮説?」
「彼はどこか、他人を振り回して喜んでいるというか……そんな稚拙さを感じるのです。些細な一言で誤解やすれ違いを生じさせ、仲違いさせたがっているかのような」
「……そんなことして何が楽しいの?」
「わかりません。それに、僕がそう感じただけであって、本当かどうかは」
米子・出雲方面と書かれたホームに到着する。
「僕が周君の兄なら、絶対に近付けたくないね、あんな男にだけは」
和泉は吐き出すように言った。
「……もしかして、そこが狙いなのかもしれません」
「え?」
「和泉さんに……周を近付けたくないと。もし我々が彼の言ったことを鵜呑みにして、あの子を疑うようになれば、当然ながら互いの間に溝が生じます。別に僕の個人的な事情がどうこうと言うよりも、あの人は……我々警察に対して、強い不信感を覚えているのでは?」
「そこはお互い様だよ。あの男こそ、何か絶対に後ろ暗いことしてるに違いないんだから」
ふと、2人の前を若い男性の2人組が通りかかった。楽しそうに笑い合いながら。
服装や持ち物からして旅行者だろう。今日は祝日だったか。
「あいつ絶対友達いないよね、藤江賢司って。周君はいろんな人から好かれてて、友達も多いから嫉妬してるんだよ、きっと」
「……和泉さんには……」
「え、なに?」
「友達、いるんですか?」
「……」
「……申し訳ありません。余計なことを言いました……」
※※※※※※※※※
今日は昨日の雨が嘘のように、朝から太陽が照り輝いていた。
広島港沿いに最近、大型ショッピングセンターができた。小さな子供が遊べる施設や、ちょっとした水族館があり、一日中楽しめるらしい。前から連れて行けと妹にせがまれていたので、智哉は友永に、そこへ行きたいと連絡しておいた。
そして午後、約束の時間と場所に妹を連れて向かった。
会うのはこれで3回目だ。
智哉は初め、それが友永だとわからなかった。
手入れしていないのが明らかなボサボサの髪は整えられ、髭もきちんと剃ってある。
待ち合わせ場所に到着した時、思わず人違いかと思ってしまったぐらいだ。
「……なんだ?」
「いえ、別人かと思って」
「よく言われる。それより……その子が妹か?」
智哉は後ろに身を隠している妹の背中を押して、前に出した。
「そうです。絵里香、昨日話した友永さんだよ。ご挨拶は?」
しかし妹は怖がって、智哉の膝にしがみついてくる。
「ははは、まぁいいや。名前は分かった。よろしくな?」
行くぞ、と友永は歩き出す。
絵里香はしっかりと兄の手をつかんで、少なからず距離を取るように、わざとゆっくり足を進める。
かなり警戒しているようだ。
確かに見た目は少し、怖いかもしれない。何て言ってもあの鋭い目つきが。
ふと、前方から線香の匂いがした。
それに。友永のスラックスは喪服の一部のように見えた。
詳しいことを聞いてみたかったが、聞いてはいけない気がした。
「最初にどこ行く?」
「確か、3階の端っこに子供向けプレイランドって言うのがあって……」
パステルカラーに彩られ、小型ジャングルジムや滑り台の置かれたそのスペースは、親子連れでいっぱいだった。
一時間300円でボールプールやトランポリンなどを楽しめる。
智哉は料金を支払い、目の届くところで絵里香が遊んでいるのを見守ることにした。
妹はビニールボールが溢れかえったプールに入って、ボールを手に1人で遊んでいる。
「今日……本当に大丈夫だったんですか?」
きゃーきゃーと、小さい子供特有の黄色い声の中、聞こえるだろうかと少し不安を覚えつつ、智哉は隣に座る友永に話しかけた。
「何が?」
「お仕事か……それか、何か他にあったんじゃ……」
「匂うか?」
「……お線香の匂いがしたので」
「バレたか」
友永は笑う。
「息子のな、葬式だったんだ」
驚いて智哉は腰を浮かせかけた。
「……仕事、仕事で……ロクにかまってやれなかった。他所の家のクソガキどもばっかり相手にして、肝心の自分の息子はほったらかし……別れた嫁に言われたよ、自分の子供の面倒見ないで、他の家の子ばっかり気にかけてるってさ」
「……」
「俺は、自分の仕事が好きだった。なのに……つまんねぇトラブルに巻き込まれて、島流しの刑、だ。もっとも流れた先の島は【楽園】だったけどな」
具体的なことは理解できなかったけれど、何となく彼が今の境遇に満足しているらしいことだけは伝わった。




