85:鳥取への旅立ち
「なぁ、ところで。お前さんから見た、角田って言うのはどういう人間だ?」
おかわり!! と、空のジョッキをカウンターに乗せ、何か食うか? とメニューを渡しながら友永が問いかける。
「一言で言えば、愛されることを知らないまま、身体だけが成長してしまった幼稚な人間です」
ふん、と元少年課の刑事は鼻を鳴らす。
「他に、奴に恨みを持っていると思われる人間に心当たりは?」
駿河が質問すると、
「それは、数えきれないと思います」
「一番直近では?」
「……あるにはあります。が……」
「が、なんだ?」
焼き鳥盛り合わせね~、との声が入る。
「そのことをあなた方にお話ししたら、該当の生徒を手酷く扱ったり、初めから犯人だと疑ってかかるのではありませんか?」
「まぁ、それは否定しねぇな」
余計なことを言うな、と駿河は胸の内で相棒に苦言を呈していた。せっかく開きかけた扉をわざわざ閉めさせるような真似を。
「であれば、お話ししたくありません」
「ということは、だ」
友永はまだ鶏肉がいくらか刺さった状態の串を円城寺に向け、
「その【該当の生徒】って言うのは、お前さんの親しい相手ってことだな?」
瓶底眼鏡の奥の瞳がキラリと光った気がした。
「調べればすぐにわかることだ。隠さない方がいいぞ」
円城寺はふぅ、と一つ息をつくと。
「約束してください。とても繊細で、心優しい少年なのです。決して乱雑に扱ったりしないと」
「わかったよ、で。そいつの名前は?」
「篠崎智哉です」
※※※※※※※※※
車と電車、どちらを利用するか検討したところ、鳥取県警が車で案内してくれるというので、和泉と駿河は新幹線の広島駅にいた。
山陽新幹線で倉敷まで行き、そこで特急【やくも】に乗り換える。
新幹線の到着を待つ間、2人とも黙っていた。
駿河はそもそも無口なので会話が弾まないせいもある。そこで和泉はスマホをいじっていた。
ニュースサイトでは樫原詩織の話題で持ち切りだった。たかがご当地アイドルであっても、熱狂的なファンが奇行に走った。そのセンセーショナルな話題が、世間の好奇心を刺激したらしい。
その結果、彼女がテレビに露出する機会が格段にアップした。
とある番組に出演した際、事件が起きた同時刻、現場にはいなかったと彼女は語った。
どうして皆、仲良く私達の歌やダンスを楽しんでくれないのでしょうか?
涙ながらに語る彼女を、マスコミは絶賛している。
偽善者……和泉は反吐が出そうな気分だった。
「ねぇ、葵ちゃん。どう思う?」
「何がですか?」
「複数の人間が集まる場所では、必ずトラブルが起きるものだよ。皆、それぞれに自己主張があって、それがぶつかり合って……ね。皆で仲良く? そんなのあり得ないよ。誰も彼も皆、自分だけが一番、自分だけが特別……そう考えるのが普通だよね?」
返事はなかった。
面倒だったからというよりも、彼は何か別のことに気を取られている様子だ。
「葵ちゃん、どうしたの?」
「え……?」
「朝からずっと、ボンヤリしてるみたいだからさ。いつになく」
無表情の中に、微かな迷いのようなものが見えた気がした。
「穿った見方をするとさ、売名行為の為にわざわざ事件を起こした、っていうふうにも考えられるじゃない? こんなことでもなければ、ただのご当地アイドルで終わってたかもしれないからね」
「……そうだったとしたら、被害者は別に……角田ではなくても、ファンなら他の誰でも良かったのではありませんか?」
思いがけない反論に、和泉はお、っと思わず声を出した。
「ということは、葵ちゃんは初めから角田が狙われていたって言う訳だね?」
「昨日、和泉さんも仰ってたじゃないですか。猪又の件で、話を聞きに行こうとした矢先に、口を封じられたかのようだって」
「……なんて言うかさ、このアイドルの皮を被った女の子……猪又の事件と何かしら関連があるような気がしてならないんだよね。ま、これはただの勘だけど」
新幹線がホームに入ってきた。
久しぶりに乗る新幹線の座席は柔らかくて快適だ。日頃、職場で座っている椅子と比べ物にならない。
「あとは例の【タラ】と【港】の話だよね」
「ああ、例のバーで交わされた遣り取り……ですね?」
「鳥取に境港っていう市があるのはわかったんだけど、そこのことだったとして、タラがどう関係してくるのか……わかんないんだよなぁ」
境港でのタラの漁獲量が日本一だとか、そういった情報はない。仮にそうだったとしても、事件に何の関係があるというのか。
そうですね、と駿河はやはりどこか焦点の合わない目をして答える。
「……ねぇ、葵ちゃん。何かあったの?」
少しの間、宙を見つめていた駿河は急にこちらを向くと、
「和泉さんは……ご兄弟いらっしゃいますか?」
「いないよ。葵ちゃんは?」
なぜ、突然そんなことを訊いてくるのか。
「兄が……今は東京にいますが。僕とは母親の違う……正妻の息子です」
「ふーん」
ということは、周と彼はまったく同じ境遇ということだ。
「兄とは歳が離れているのもあって、それほど接触した記憶はありません。言ってみればお互いに無関心……そのおかげで上手く、波風立てずにやって来られた訳ですが」
彼は何を言おうとしているのだろう?
和泉は興味深く駿河の表情を見守った。
「仲の悪い兄弟っていうのは存在するものでしょうか? 同じ家庭に生まれ育ったとしても、です」
「そりゃいるでしょ。特に遺産相続が絡んだりした時、兄弟同士で醜い争いを繰り広げた挙げ句に、殺し合いにまで発展したなんて……全然めずらしい話でもなんでもない」
「そう……ですね」
「どうしたの、葵ちゃん。何があったの?」
「……実は……」




