82:気合い入れて、バンかけいきまーすっ!!
奢ってやるから、飲みに付き合え。
コンビを組んでからおよそ半年経過。
今まで一度だって言ってくれたことはないのに。友永から急にそんな申し出があり、いったいどういう風の吹き回しだろう? と、駿河は訝しく思った。
その上こちらはまだ仕事中だというのに、友永に無理矢理手を引っ張られ、気がつけば流川の町に来ていたのだった。
明日からは鳥取まで出張だから、早めに帰って休みたかったのだが……。
夕方まで降り続いていた雨は止んだ。
鼻歌を歌いながら少し前を歩く友永の背中からは、なぜか哀愁のようなものが漂っている。
この頃、相棒の様子がおかしい。
それだけはハッキリしている。
班長は詳しいことを知っているようだが、こちらには一切教えてくれない。
つまり、あまり知られたくない事情があるのだろう。
夜の繁華街は色とりどりのネオンが客を誘い、1人、また1人と暖簾の内側に吸い込まれて行く。
「給料日前だから、安い店な?」
「……別に、割り勘でかまいませんが……」
「いいから!! 2度目はないんだからな?」
寛大なのかそうじゃないのか……。
その時、急に友永が足を止めた。
「どうかしましたか?」
彼は無言で顎を動かす。あそこを見ろ、と言いたいらしい。
駿河が視線を転じると、電信柱の影に隠れるようにして、頭にすっぽりとフードを被った男が立っている。手には使い捨てのインスタントカメラ。背格好からしてまだ若いようだ。
ゆっくりと、足音を立てないように気をつけて近づく。
「ちょっといいですか?」
駿河が声をかけると、相手はびっくりしたようで、大きく身体を震わせた。
「失礼ですが、そこで何を?」
初任科の頃のことを思い出しつつ、職務質問の基本を頭の中で確認する。
「恐れ入りますが、フードを取っていただけますか?」
相手は素直に従い、顔を出す。
分厚い瓶底のような眼鏡をかけた、若い男性……まだ少年と呼んでいいのではないだろうか。髪型は昭和のオジさんのようだが、肌ツヤは完全に若者のそれだ。
「……警察の方ですか?」
逆に質問されてしまった。
少年は自分でもマズイと思ったのか、
「いろいろありまして。もっとも、最重要な目的は母を迎えに来たのですが」
「お母さん……?」
「はい。母はここから100メートルほど先にある『Memories』という店で働いております。最近は何かと物騒ですから、仕事が終わった後は必ず迎えに行くようにしているのです」
物怖じしない、しっかりとした話し方に好感が持てた。が、そうかと言って無条件に解放する訳にもいかない。
「本当にそれだけか?」
今度は友永が質問を投げかける。
「どういう意味でしょう?」
「人目を忍んだような格好で、カメラなんか何に使うんだ? 探偵の真似ごとか?」
返答はない。
「母親はホステスか? だとしたら、迎えに来るにはちょっと時間的に早すぎるな」
「……バレてしまいましたか。ええ、そうです。野暮用がありまして」
「何だ? 野暮用って」
「それは……申し上げられません」
何かある。そう思った時。
「あ、あれは……」少年が不意に呟いて前方を見た。
駿河もつられてそちらを見る。
白髪頭の男性が、見覚えのある若い男と2人で歩いている。
「確か、石川秀則教授ではないでしょうか? 広島薬科大学で教鞭を取り、時折テレビにも出演される……」
その名前には聞き覚えがある。何年か前に衆議院選挙に当選して議員を務めたが、解散とともに地元広島に戻った名士である。
そして隣を歩いているのは。
「こんばんは」
藤江賢司であった。




