81:3連休なので
気がつけば車は、自宅のすぐ近くに到着していた。
しかし、玄関先に見慣れない車が停まっている。
「あの車が出たら、もう少し前に車を出すから。ちょっと待ってね?」
雨に濡れないようにとの配慮なのだろう。
ふと智哉が目を上げると、前に停車していた車から母親が降りてくるのが見えた。
運転席の窓が開き、知らない男性の横顔が彼女に向かって何か言っているようだ。
ああ、そういうことか……。
すぐに絵里香の様子を確認する。何も気付いていない様子だった。
※※※
とうてい足のつかない、高い場所の窓を拭いている途中で梯子を外されてしまった。
そんな気分だ。
明日の予習をしておこうと参考書を開いた智哉だったが、なかなか頭に入ってこない。
さっき見かけた男性が今後、自分達の父親になるのだろうか?
どんな人だろう?
産みの父をずっと見て育ってきた智哉は、父親に対するイメージが決して良いものではない。
周は父親に可愛がられて育ってきたようで、たまに父親の話をすると顔が綻ぶ。あまり話題にしないのは、亡くしてしまった悲しみを思い出すからだろう。
そう言えば子供の頃。平日の昼間から夕方にかけてはいつも一緒に遊んでいたのに、土日になるとお父さんが遊んでくれるから、お出かけに連れて行ってくれるからと、周は智哉と遊んでくれなかった。
そのことが幼心にひどく羨ましく、妬ましくもあった。
どうしてうちのお父さんは……。
やめよう。
仮に新しい父親ができるとしても、自分はもう上手く距離を取ってやっていける自信がある。問題は絵里香の方だ。
ただでさえ人見知りが激しい妹が、知らない男性を父親だと紹介されても、懐くわけがないのだ。
時々ニュースで見聞きする、幼い子供の虐待死事件。たいていは内縁の、あるいは再婚相手の連れ子が言うことを聞かないので、腹が立って暴力を振るい死に至らしめたと聞く。
溜め息が出る。
こんなこと、誰に相談したらいいんだろう?
智哉は思わず手を伸ばし、携帯電話をつかんだ。
ふと頭に浮かんだのは。
まだたった1度か2度ぐらいしか会ったことのない、あの中年男性。
でも……悩んでいると、急に掌の中で電話が震えだした。
ディスプレイに表示されている名前を見て、智哉は驚きを禁じ得なかった。まさに今、頭の中に思い描いていた本人からだ。
「も、もしもし……?」
『よぉ。あれからどうだ、元気にしてるか?』
身体は元気だ。
でも、心も頭も疲れきっている。
『明日も休みだろ、何か予定あんのか?』
そう言えば今日は祝日で、明日は振替休日だった。
「いえ、特に何も……」
『じゃあ、どっか行くか?』
「え……?」
『妹がいるって言ったな。一緒に連れて来い』
「でも……」
『どこ行きたいか、考えておけよ』
「と、友永さん……お仕事は?」
『刑事ってのは祝日が休みなんだよ』
本当だろうか?
日曜も祝日もなく、いつも働いているイメージが強いが。
『ああ、ただし昼過ぎからになるけど……それでもいいか? それまでにどこへ行きたいか考えておいてくれ。ただし、市内でな』
わかりました、と答えて智哉は通話を終えた。
どうせ何も予定なんかない。
彼が妹の面倒を見てくれると言うなら、素直に甘えよう。
※※※※※※※※※
明日から鳥取へ出張だ。
準備のため、和泉はいったん家に車を走らせた。
「どう思いました? 聡さん」
「今の男の子か? いろいろと複雑な事情がありそうだが、嘘を言っているようには見えなかったな……」
「僕もそう思います。ただ、彼が角田に脅迫されていた内容によっては……話が変わってきます」
「そうだな。それにしても……誰かに似ていないか?」
「誰かって、誰です?」
「ほら、あの子……あれ、何て言ったか……」
「あれとかそれとか、指示代名詞が増えるのは歳を取った証拠ですよ?」
あ、怒らせてしまった。
「えーと、僕も似てるなと思ったんですよね。あの子に……」
「だからあの子って誰だ?」
「……樫原詩織……」
「あ、それだ!! しかし……もし2人の間に何かしらの関係があったとして、何か事件に関わりがあるんだろうか……?」
「そこは何とも……」
ピピピピピ……何か言いかけた聡介を遮るように、彼の携帯電話が鳴った。
「ああ、友永か。なに……ああ、そうか。わかった……そういうことなら」
何だろう?
しかし、聡介はこちらの問いに答えてはくれなかった。




