80:お坊っちゃまなんだからな~、もう
「さて、と。周君、こんな時間だしそろそろ帰った方がいいんじゃない?」
和泉に言われてふと時計を見ると、午後6時を過ぎていた。
「送って行くよ?」
「いい。義姉さんが迎えに来てくれるから」
「お坊っちゃまだなぁ~、周君は。じゃあ、智哉君達を送って行ってあげようかな。いるんでしょ?」
「なんで……?」
「玄関にあった靴からなんとなく、ね」
※※※※※※※※※
なかなか帰りたがらない妹を説得するのに骨が折れた。
やっとのことで智哉が絵里香を連れて玄関に降りると、円城寺に呼び止められる。
「……警察の人が君を待っている……おそらく、角田のことだ」
ぎくり、と心臓が鳴った。
「いいかい? 正直にありのままを話す方がいい。もちろん、君にとっては話し辛いこともあるだろう。だが……今、ここを訪ねてきた刑事なら信頼してもよさそうだ」
「どうして?」
「……直感だが。周が随分、慕っている様子が見えたからだ。それに何より、理性的にものを考えることができそうだ」
「それってもしかして、背の高い……和泉さんって呼ばれてなかった?」
「ああ、確かそんな名前だ」
智哉は玄関の引き戸を開けた。
「今日はありがとう。新しい友達ができて、絵里香も喜んでるよ」
外はまだ雨が降っている。
年長の方の刑事に智哉は、見覚えがあった。そうだ。かなり前、ストーカーに悩まされていた時、相談に乗って助けてくれた人だ。
彼は今、後部座席で妹の相手をしてくれている。
智哉は助手席の、和泉の横に座っていた。
「角田のこと……聞きました」
「そうだったんだ。びっくりしただろう?」
「いったい誰が……ああ、ダメですよね。そんなこと言えないですよね」
「智哉君は賢いね」
「だから僕も、話せることとそうでないことがあります……」
「そうだよね。僕だって、知られたくないプライベートがあるからね。そういう領域にズカズカ土足で入り込んでくる、だから警察は嫌いだ……って、そんな感じ?」
実はその通りだ。
ストーカー問題に悩まされていた時、しみじみと感じた。
「気持ちはわかるよ。でもね、そういう【プライベート】に踏みこんで、他人から金銭を奪い取る輩がいるのも確かだから……」
和泉の言うことに、智哉はチクリと胸の痛みを感じた。
そうだ。そうやって苦しめられてきた、あの人達に。
「そう言えば昨日、なんて言うグループだったっけ、樫原詩織がいる……」
「jewelrybox3ですか?」
「ああ、そうそう。そのライブ会場に、周君達と一緒に来てたでしょ? 実は僕、君達を見かけたんだよね~」
「ええ……」
「ライブが終わったあと、智哉君はどうしてた?」
どうしよう。
賢司に連れ出され、たぶん彼の職場かその近くに借りている部屋に連れて行かれようとしたことを、話したくない。
だから、
「僕は、角田を殺したりしていません」
すっ、と車内の空気が変わった。
「……確かに、あんな奴……いなくなればいいって思ったことがあるのは確かです。正直なところを言えば、誰にも知られたくない事実があって、バラされたくなければって……あいつらの言いなりになったこともあります」
「ああ、だからだったんだね」
「どういうことですか?」
「僕も見かけたことあるよ、君があんな、どうひいき目に見ても真面目とは言い難いメンツと一緒に行動してるところ。どうしてだろう、って周君もすごく心配してた」
「知っています。周は……そういう人です」
「同じ藤江の姓を名乗っていても、お兄さんとは大違いだね」
「……え……?」
「まぁ、それは置いておこうね。類は友を呼ぶっていうじゃない? 優しくて真面目な、そんな周君の友達がよりによって、面倒だからジャマな人間を消してやろうなんて……考える訳がない。僕はそう結論したって言う話」
本当だろうか?
智哉の中で信じる気持ちと、疑う気持ちが半々に揺れている。
「ところで、智哉君はSNSやってる?」
「……いいえ」
「それならその方がいいよ。すごく便利だけど、変な人間に絡まれる危険性もたくさんあるからね」
現役の刑事が言うだけに、その台詞には真摯な重みがあった。