79:もうすぐサービスが終了するあれ
「それともう一つ」
「角田の件ですね?」
即座に円城寺が返答する。
「……そう」
和泉が気圧されている。
その様子を見ているのは、周にとって少なからず小気味が良かった。
日頃、なんだかんだと人をくったようなあの男が、ずっと年下の少年の手玉に取られている。
「報道では実名が出ていませんでしたが、彼が昨日、何者かに殺害されたという事件は存じ上げております。その件で間違いありませんか?」
「そう、なんだけど……」
「けど? なんでしょう」
我慢できなくなって、周は思わず顔を背け、吹き出してしまった。
「なんで、知ってるの?」
「……そこはまぁ、多くを語ることはカンベンしてください」
「君は彼のことを、どう思ってた?」
「……幼稚だな、とただそれだけです。注目して欲しくて、好きな相手を振り向かせたくて、でもどうしたらいいのかわからない、そんなただの子供です」
ああ、そういうことか。
今になって周も理解した。
性格が歪んでいるとか、親の躾がなっていないということもあるだろうけど。
角田は単なる『幼児』だった。
「君も角田に、嫌がらせを受けたことがある?」
「ええ、そのきっかけとなったのは去年の夏です。角田が当時交際していた……別の学校の生徒さんですが、街中で偶然、僕は2人が一緒にいるところに出くわしたのです。角田はおそらく自慢したくて、彼女を僕に紹介したのですが……その彼女がどうも……僕の方に好感を持ってくれたようで……」
そのあたりは一応、円城寺も17歳男子に相応しく、少しばかり言いにくそうにしている。
「連絡先を交換してほしいと言われ、特に断る理由もなく……そうしたら、よく彼女から電話が来るようになって。それ以降でしょう。角田が嫌がらせを始めてきたのは」
知らなかった。
それと同時に、以前担任教師から聞いた話が真実だったことに、少し驚いてもいた。
「ところで……君はSNS、やってる?」
和泉はお茶を飲んで、気持ちを落ち着かせているようだ。
「噂には聞いたことがあります、SNSとやら。ですが我が家はご覧の通り、パソコンや通信費に回す金銭的な余裕などありません。かくいうこの僕は、未だにPHSを使用しています」
ああ、もうすぐサービスが完全に停止するっていう。
「何ですか、学校裏サイトだとかなんとか。気に入らない生徒を攻撃する為に悪用されていると聞きます。角田が僕のことを、何やら掲示板とかいう公の場所に書き込んだと聞いていますが……」
「それを見た?」
「お節介極まりない同級生が、何度となく見せてきました。が……」
円城寺は眼鏡を外す。
周も初めて見る友人の素顔。切れ長の目に、すっと通った鼻筋。分厚い眼鏡の奥に隠れていた彼の素顔。
なるほど、角田が嫉妬するわけだ……。
彼は眼鏡のレンズを拭きながら、
「ハッキリ言って、取るに足りないただの誹謗中傷です。しかし。突き詰めれば名誉棄損で訴えることも可能です。ネット社会は匿名性が高いとはいえ、出所を特定することが不可能な訳ではない。その気になれば法廷へ持ち出すこともやぶさかではない」
「そう言えば周君から聞いたけど、弁護士志望なんだったっけ?」
「志望ではありません、既に確約された未来です」
ああ、そうだ。
この前向きさ、ひたむきさ。
出会ってからそんなに時間は経過していないが、強く彼に好感を覚えるのはきっと、そういう要素あってのことだろう。
和泉も同じように感じたのだろうか。
いつにない、本物の笑顔で微笑む。
「君は、とっても賢いんだね。論理的、かつ理知的だ」
すると。円城寺は頬を赤く染める。
そんな表情は初めて見た。




