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73:あっちこっちと忙しいことで

車なしで生活できるのは、大都会ぐらい……!!

 そうして円城寺の家に到着した。いったい、いつ建てられたのかという、古びた2階建ての一軒家である。

 周の義姉は、帰る時間になったらまた連絡して、と戻って行った。


 ドアチャイムは壊れている。周が古びた木枠のガラス戸を遠慮しつつ叩いているのを智哉が見守っていると、

「周君だーっ!!」

 1,2,3……4人か? 小さな男の子たちが一斉に彼にまとわりつき、こちらが何か言う前に、中へと連行していく。

 大好きなのに猫にはあまりモテないとぼやく友人だったが、小さな子供には大人気の様子だ。


「……」

 智哉が妹の手をつないで呆然としていると、


「この雨の中、呼び出してすまない」

 と、円城寺が言う。

「ううん、それはいいんだけど……」


 すると。

「ねぇねぇ、一緒に遊ぼう?」

 小さな男の子の一人が妹に声をかけてくれる。

「僕、尚志(ひさし)。君はなんて言うの?」

「……絵里香……」

「絵里香ちゃん!! おいで、遊ぼ?!」

 妹は隣のクラスメートの弟に連れられ、2階に上がって行ってしまった。


「ちょうどよかった、周にはあまり……聞かれたくなかったのでな」

 円城寺は眼鏡をくい、と持ち上げて呟く。

「とにかく、中に入ってくれ」

 言われるまま智哉は靴を脱ぎ、敷居を跨いだ。


 噂には聞いていた、というか……角田達が常にからかいのネタにしていたのは事実だったようで、円城寺家の慎ましい生活ぶりがうかがえた。自分の家も決して、裕福ではないが、これは大変そうだ。


「聞いているかもしれないが、角田の事件だ」

 円城寺は薄いお茶を入れた、ややヒビの入っている湯呑を差し出しながら言う。

「うん、聞いてる……殺されたって」

「警察は既に犯人を逮捕しているらしいが、詳しいことは闇の中だ。しかも聞いたところによれば、どうやら嘱託殺人らしいとの噂もある」


「それって……誰かに頼まれたっていうこと?」

 そうだ、と彼は頷く。

「なんで、誰がそんなこと……っていうか、なんでそんなこと知ってるの?!」

「母の持つ、独自のネットワークだ」

 彼の母親がいったいどんな仕事をしているのやら。智哉は疑問に思ったが、口には出さないでおいた。


「そこで本題だ。嘱託殺人とすれば、警察は必ず殺人教唆の罪で依頼主を探すに違いない。となると……角田に恨みを抱いていた人間、必ず僕や君がターゲットになるだろう」


「……どうして……」

 僕のことを知っているのか?

 智哉はそう訊ねようとして、やめた。


「すまない。実を言うと、つい何週か前に……偶然、見聞きしてしまったんだ。君が角田達に何か、脅されているような場面を」

「……そうなんだ……」

「かく言う僕も」と、円城寺は眼鏡のつるを持ち上げてみせる。「1年生の頃は彼らと同じクラスで、何度となく不愉快な思いをさせられたものだ」

 思い出したことがあった。智哉が1年生の頃、円城寺と同じクラスだったことを。

「きっと警察はそのあたりの詳しい事情を探り出して、痛くもない我々の腹を探るに違いない。君はどちらかと言えば繊細なイメージだから、かなりの精神的苦痛が伴うのではないだろうかと……危惧している」

 簡単に言えば、デリケートな君が、野蛮な刑事達の追及に耐えられるかどうかが心配だということだろうか?


「……ありがとう……でも、僕は別に何も……」

「問題はそれだけではない!!」

 円城寺は卓袱台をドン、と叩く。

「その内、マスコミが【取材】だと名乗り、まわりをウロウロし出すことだろう。そうなればしばらくは、平穏な日々を過ごすことが不可能になる……」

 彼の言っていることは的を得ている。

 容易に想像がつく。マスコミを名乗り、無神経に他人のプライバシーにズカズカと土足で踏み込んでくる、そんな人間達に囲まれる非日常。


「どうしたら……?」


「しばらくは2人で一緒に登校しよう」

「それだけで、大丈夫?」

「……1人では不可能でも、2人なら可能になることがある。そこへ周が加わってくれたら……何も言うことはないだろう」

 そうかもしれない。


「我々の未来に、汚点もシミも決してつけたくはないのだ!!」

「……」


 以前から思っていが、同じ年齢のはずなのに、随分と話し方が老成している。言ってみれば時代劇に登場する人物の台詞のような……。

 おかしくなって智哉はつい、笑い出してしまった。


「君の笑顔を初めて見た」

「え……?」

「覚えていないかもしれないが、1年生の頃君とは同じクラスだった。常に成績はトップクラスで品行方正、真面目な生徒だと教師たちの覚えも良い君のことを、僕は時折気にしていたのだが……なぜかと言えば、とても表情が暗かったからだ」

 つい去年の話だ。全然、気がつかなかった。

「いろいろと複雑な事情があるのだろう。我が家もそうだ。話したくなければ詳しいことは聞かない。僕も話さない、それでいいだろう。しかし……笑う門には福来るという。せめて、友人達といる間ぐらいは笑顔でいて欲しい」

 そう語る分厚い眼鏡の向こうの彼の目は、優しく微笑んでいた。

 友達は棚から落ちてくる牡丹餅じゃない、って友永は言っていたけれど。たまには落ちてくるのかもしれない。けれど、それを大切にしなければ失うことにもなるだろう。

「……ありがとう……」


 たぶん、今は心から笑えているだろう。

 久しぶりにスッキリした気分だ。

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