72:お呼び出し申し上げます
「ねぇ、周」
「なに?」
「そう言えばさ、夏休みに会った時……こんなこと言ってたよね? 『誰が嘘をついていて、誰が本当のことを言っているのか、どうやって見極めるのか』って」
そうだったっけ? と、友人は不思議そうな顔をしている。
「結論は出たの?」
周はペンを置き、真剣な表情で答えてくれた。
「結局のところさ、自分の目と耳で見聞きしたことだけを信じることにしたんだ。誰かがこう言ったとか、ああ言ったとか、そういうのは一切抜き。何を信じるか、それは俺が決めることだってわかったから」
智哉は微笑んだ。
「だからなんだね、最近、お義姉さんと仲良さそうなのは……」
「え?」
イマイチ意味がつかめない。そんな表情をしている友人に、智哉は本当のことを打ち明けたくなってきた。
しかし、その時だ。
携帯電話の着信音が響いてジャマをしてくれた。
※※※※※※※※※
智哉は何か言いたそうな顔をしていたと思う。
元々、おしゃべりなタイプではなく、深く考えてから発言する親友のことを周は深く信頼していた。
しかし今は、発信元を確認することに集中しよう。ディスプレイに表示されているのは円城寺信行の名前。そうだった、さっきも電話があった。
ごめんな、と断りを入れておいてから通話ボタンを押す。
『周か? 僕だ、円城寺だ』
「どうしたんだ?」
『突然で申し訳ないが、篠崎君の連絡先を教えてもらえないだろうか?』
周は思わず、智哉の顔を見た。
「智哉なら、今、俺のすぐ隣にいるけど……代わろうか?」
『ああ、そうしてくれるとありがたい』
周はスマホを智哉に渡した。
「……うん……そう、え……今から……?」
友人はチラチラと、義姉と彼の妹がいるであろう台所の方を見ている。
「……わかった、いくらか待たせるかもしれないけど」
「……信行はなんて?」
周がスマホを返してきた智哉に訊ねると、
「……角田の事件、彼も聞いたみたいだ。その件で少し、話したいことがあるって言われて……彼の家と僕の家は幸い、同じ町内だから。帰りにでも寄ってみるよ」
「そんな呑気なこと言ってていいのかよ?」
その時だった。
「お待たせ~、おやつできたよ~」
美咲の声が聞こえた。
甘くて香ばしい匂い、焼き立てのクッキーなのだとすぐにわかる。
「義姉さん、緊急事態なんだ。ちょっと連れて行って欲しい場所がある」
「周……!!」
実は先ほどから、雨が降り出していた。
どう友人を送ってもらおうと考えていたついで、だ。
「俺も一緒に行く。俺だって、まったく無関係って訳じゃないし。信行には話したいこともあるんだ」
「いいわよ、行きましょう? そしたらこれ、お土産に包むから少し待っていてね?」
阿吽の呼吸とでも言うのか、多くを語らずともすぐにわかってくれる彼女に、周は心からの安心感を覚えていた。
智哉はやや、困惑した顔をしている。
「信行の家には、確か絵里香ちゃんと同じぐらいの歳の子がいるよ。仲良くなれるんじゃないか?」
ちなみにその幼い少女は、猫を追い回すのに必死で、こちらの会話など耳に届いていない様子だった。




