71:実は3連休でした
今日は朝から曇り空で、今にも降り出しそうだ。
それなのに母は妙に機嫌がいい。
「智哉、ちょっと出かけてくるから絵里香のことよろしくね?」
「……仕事?」
「まぁ、そんなところね」
どういう仕事をしているのか知らないが、母は時々めかしこんで、休みの日に出かけていくことがある。いわゆる【接待】なのだろうか。
知りたいとも思わないが。
不安そうな顔で母親を見送る妹と見ていると、少なからずやるせない気持ちになる。彼女だってきっと、もっと一緒に時間を過ごして欲しいに違いないのだ。
「絵里香、どこかお出かけする?」
「……うん」
といっても、せいぜい近くのショッピングモールぐらいだ。雨が降ってきたら面倒だな、と思っていた矢先のことだ。
携帯電話の着信音が鳴り響く。周だ。
「もしもし、周?」
『智哉か? 昨日の事件……詳しいこと知ってる?』
「昨日の事件って、ライブハウスの? 僕は何も……」
昨日、自分達がライブハウスを出たすぐ後に、事件があったのはニュースで見た。
『角田らしいんだ、殺されたのは』
「え……?」
『なぁ、智哉。今から会えないか?』
智哉はちらりと妹を見た。
「……今日は、妹の面倒を見ないと……」
『じゃあ、そっち行ってもいいか?』
「……いや、僕達が行くよ。それでもいい?」
わかった、との返答。彼の家には猫がいるし、きっと義姉もいるだろう。妹の面倒はそちらに任せられないだろうか。
路面電車を乗り継ぎ、友人の自宅に向かう。
「いらっしゃい」
友人の義姉は笑顔で出迎えてくれる。
「あら? ひょっとして……」
そう言えば妹と彼女は初対面だった。
「僕の妹なんです。あの、ちょっと周と大切な話が……」
「こんにちは。私は美咲って言います。あなたのお名前は?」
絵里香はいやいや、と首を横に振って智哉の後ろに隠れる。
「絵里香っていいます」仕方ないので智哉が答えると、
「絵里香ちゃん、お姉ちゃんと一緒に向こうで、お菓子でも作らない? 猫ちゃんもいるのよ?」
「猫ちゃん?!」
そうよ、と彼女は妹の手を引いて奥に連れて行ってくれる。
助かった。
「あ、周……!!」
「智哉、来てくれてありがとう……」
「まさかとは思うけど、あの角田が……」
「うん……」
智哉はふと、なぜ周が自分を呼び出したのか、今になって気になり始めた。
「ねぇ、周はなんでそのことを知ったの? 昨日のニュースじゃ17歳の少年、としか言ってなかったよね?」
「賢兄が……もしかしたら、学校から保護者に連絡が行ったんじゃないか?」
そうだったとしたら母親が何か言いそうなものだが、何も言っていなかった。
「どういう状況なのかさっぱりわからないけど、警察は殺人事件として捜査してるっていいうから……心配で」
「何が……?」
周は少し言いにくそうに、しかし思いきって、という顔をした。
「前からずっと、気になってたんだ。夏休みが明けてからこっち……なんで、智哉が角田達みたいなのと一緒につるんでたのか」
そうだろう。
智哉はそう思ったが黙っていた。
「実は……信行から聞いたんだ。お前、あいつらに脅されてたって本当なのか?」
「信行って、誰?」
「あいつだよ、隣のクラスの円城寺……」
そんな名前だったんだ。
そうして智哉にはわかった。
周が心配している理由、連絡してきた意図。
「……まさか、僕が角田を殺したって考えてる?」
「そんな訳あるか!! ただ……」
「ただ、何?」
「もしかして、刑事の中にはそう考える人間がいるかもしれない、って思ったら……気が気じゃなくなって」
確かに周の言う通りだ。彼らはきっと『動機』の面から、知られたくないこちらの様々な『事情』を探ってくるに違いない。
「心配いらないよ。和泉さんって……名探偵なんでしょ?」
「え……?」
智哉は曖昧に微笑んでお茶を濁した。
「そう言えば……和泉さんの連絡先知りたがってたよな? 何かあったのか?」
じと……と、周が半眼でこちらを見つめてくる。
「ま、いろいろとね。それより周、明日の2時間目は苦手なベクトル先生の授業だよ? 予習しておかなくていいの?」
「それだよ!! どうしても分かんないとこがあって、困ってたんだ」
そうして2人はしばらく勉強に専念した。




