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70:家庭内事情

 昨日は快晴だったのに、今日は朝から曇り空だ。

 洗濯ものが乾かない、と美咲がぼやいている。


 一通りの家事を手伝い終え、時間ができた周は、出かける予定もないし、自分の部屋で勉強しようと思った。

 すると、どういう訳かめずらしく三毛猫が後ろをついてくる。

 彼女は部屋に入るなり、周のベッドに飛び乗って丸くなる。

 ジャマをするつもりはなく、遊んで欲しい訳でもないらしい。


 周は教科書や参考書、ノートを広げて勉強を始めた。


 苦手な数学から始めようとしたら、いきなり躓いてしまった。

 とりあえず、和泉に連絡。しかし。


 そう言えば昨日、中区のライブハウスであった事件……もしかすると、彼もその捜査で忙殺されているかもしれない。そう考えて躊躇い、周はスマホを机の上に置いた。


 それから、どれぐらい時間が経過した頃だろうか。

 ガチャガチャ、と玄関の扉が解錠される音が耳に入った。


 昨日、あのライブ会場で別れて以来、賢司は仕事場に向かい、昨夜は帰ってこなかった。もしかして着替えでも取りに帰ったのだろうか。


「周、いるだろう?」

 兄の声だ。

「……なに?」

 周はペンを置き、立ち上がって部屋のドアを開ける。


 廊下に賢司が立っていた。日頃はポーカーフェイスを崩さない兄だが、どういう訳か機嫌の悪い時だけは、とてもわかりやすい。


 すると兄は何を思ったか突然、ズカズカと部屋の中に入り込み、机の上に伏せられていた周のスマホを取り上げる。

 呆気に取られて様子を見守っていると、

「パスワードは?」

 周のスマートフォンのロックを解除する暗証番号は、大好きだった父の誕生日である。


 でも教えたくない。黙っていると、

「4桁の数字だ。君の誕生日じゃないらしい」

「人のスマホを勝手に見るなよ!! いくら兄弟だからって、俺にだってプライバシーっていうのがあるんだよ!!」

 取り返そうと手を伸ばすが、賢司はこちらに背を向けて、なおもロックを解除しようとあらゆる数字を打ちこんでいる。


「返せ!!」

「……何番だ?」

 どうやら何を言っても無駄らしい。

「賢兄の結婚記念日だよ」

 周は咄嗟に嘘をつく。どうせ、覚えていまい。


 それなのに。

 どうやら解除してしまったらしい。賢司は指を滑らせ、何かを熱心に探している様子だ。


「……何かあったの?」

 返事はない。

 周は深く溜め息をつきながら、ベッドに腰を下ろした。そこで丸まっていた三毛猫はぴょいっと床の上に降り、ウロウロと部屋の中を歩き回る。


「……樫原詩織とは今後一切、連絡を取るんじゃない。いいね?」

 こちらの質問に回答する代わりに、急に賢司はそんなことを言い出した。

 別に、取り立てて彼女とどうにかつながりを持ちたいなんて思っていない。


「なんで?」

 賢司は少し迷った様子を見せたあと、

「角田道久っていうのは、君の同級生だろう?」

「そうだけど……なに?」

「君が殴って、ケンカ騒ぎを起こした相手だ」

「……」

 嫌な気分がした。まるで周が、気に入らない相手を暴力でねじ伏せようとでもしたかのような、そんな兄の言い草に。


「角田がどうしたって言うんだよ?!」

「殺されたらしい。昨日、あのライブハウスで」

「え……?」

「詳しいことは分からない。ただ、殺人事件として警察が動いている。そこで、だ。周……刑事に何を聞かれても、一切答えるな。もし何か、例の件で訊かれても【済んだこと】だからと、そう答えるんだ。いいね?」


「なんで、どうしてあいつが……?」

「わからないよ。ただ……」

 賢司が溜め息をついた時、周のスマホが着信を知らせた。


 画面を見つめていた彼は、

「円城寺……誰だい?」

「友達だよ!! 返せっ」

「どういう素性の人間なんだ?」

 まさか、兄と義姉を上手く別れさせたくて相談した、弁護士の卵だなんて言えるはずもない。


「学校の友達に決まってるだろ!! いいから返せよ!!」

 賢司の方が頭一つ分背が高い。周は必死に腕を伸ばしてスマホを取り返そうとするが、上手くいかない。着信音だけが鳴り響く。


 そのうち音は途切れてしまった。


「……いいかい、周? 君の行動いかんで、うちの会社のイメージに傷がつくことだってあるんだからね。付き合う友達にも充分注意しろ」

「……俺、愛人の子だぜ?」

「君が藤江の姓を名乗っている以上、父が嫡子として戸籍に入れた以上は……そんなことは関係ない」

 賢司はぽい、と周のスマホをベッドの上に放り投げた。そうして部屋を出ていく。


 にゃあ、と短く鳴いて足元に擦り寄ってくる三毛猫を抱き上げ、周は呟いた。

「なんなんだよ……あれ……」


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