6:ストーカーかっ!!
授業が終わって帰ろうかと周が教科書をカバンに詰めていると、智哉が角田とその取り巻きに囲まれるようにして教室を出て行くのを見かけた。不穏な予感がした。
今まで彼があの連中と話しているのを見たことなど一度もない。
彼らはクラスの中で鼻つまみ者である。それでも面と向かって彼らに立ち向かう者はいない。
皆、関わり合いにならないで済むよう、近付かない、目を向けないようにしているのに、智哉はいったいどうしたというのだろう?
まさかあの智哉がいきなり、あのグループに仲間入りしたのだろうか?
心配になってきた。何か弱みでも握られているのではないだろうか?
考えるよりも身体が先に動き、周は足音を忍ばせて彼らの後を追うことにした。
少し距離を置いて物影に隠れながら、テレビで見た刑事ドラマに登場する人物のように尾行の真似ごとをする。幸い気付かれていないようだ。
しかし。正門を出て彼らがどちらへ向かったか、きょろきょろと左右を確認している時に、いきなり大きくて冷たい手に両目を塞がれて、周は飛び上がるほど驚いた。
「だ~れだっ?」
すぐにわかったが、まさか、という思いもあった。
「周君、元気?」
「……和泉さん……?」
うん、と呑気な声が頭上で聞こえる。彼に会うのは夏休みのあの事件以来だ。
「久しぶりだね……隣に住んでるのに、全然会えないし、連絡も取れなくて少し心配してたんだ」
振り返ると少しも変わらない和泉の笑顔がそこにあった。
会っていない時間はそれほどでもないのに、なぜかひどく懐かしい気がした。
「何か……この近くで事件?」
「ううん、完全なプライベートだよ。今日はお休みなんだ」
「……休みの日に、こんなところで何してるの?」
「どうしても周君に会いたくて、学校まで来てみちゃった」
あはは、と笑っているが、和泉がいったいどういうつもりなのか周には計りかねた。
まぁ、この男が何を考えているのかよくわからないのは今に始まったことではないかもしれない。
「……って、それどころじゃない!!」
周はふと智哉のことを思い出して、彼らがどこへ行ったか辺りを見回したが、既に姿が見えなくなっていた。
「どうしたの?」
「悪いけど俺、和泉さんの相手してる暇ないんだ。ごめん、それじゃ」
「あの子達なら、商店街の方面に向かったよ」
「え?」
「智哉君とその愉快な仲間達でしょ? おもしろそうな組み合わせだなって思って」
和泉は笑いながら目は商店街の方を向いている。
「なんていうか、ちょっと不穏な空気だったかな」
「和泉さん、俺に付き合って」
角田は短気で暴力的な男だ。もしも拳を振るわれたりしたら、無傷でいられる自信など周にはない。仮にも警官である和泉なら腕力にも期待できるだろう。そう考えて言ったのだが、
「……僕なんかでいいの? ほんとに?」
「訳わかんないこと言ってないで、とにかく一緒に来て!」
周は和泉の手を引っ張って、智哉と角田達が向かった方向へと急いだのだった。
案の定、智哉は金銭をたかられ、喫煙を強要されていた。周が言葉を口に出さずとも、和泉は察してくれたかのように彼らの間へ入ってくれた。
どういう経緯か知らないが智哉が自分からあんな奴らの仲間になるはずがない。
そう思っていたのに……。
振り払われた手を呆然と見つめ、周はしばらく立ち尽くしていた。
「もしかして、余計なことしちゃったかな?」和泉が言った。
「……」
「ねぇ、周君。もうお家に帰ろう?」
和泉がそっと周の肩に触れて歩き出す。
「……なんで……」
「なんでだろうね? 本人にしかわからないことだよ、それは」
周は唇を固く結んで俯いた。確かに彼の言う通りだ。
智哉にしかわからない、彼の事情があるのかもしれない。
「ねぇ、周君」
並んで歩きながら和泉が不意に口を開く。
「僕なんかがこんなこと言うのおかしいけど、智哉君のことはしばらく黙って見守ってあげたら?」
周はキッと和泉を睨んだ。智哉のことなんて何も知らないくせに!
「そりゃね、僕は周君ほどには彼のことを知らないよ。でも、だからこそしばらくはそっとしておいてあげた方がいいと思うんだ」
黙っていると、苦笑が漏れ聞こえてくる。
「周君はさ、お日様みたいだよね」
唐突に和泉が言った。
「明るくて元気で、力があって……温かくて……君の傍にいるとホッとできる」
子供の頃、父が周を膝に抱き上げては、お前はお日様の匂いがする、と頭を優しく撫でてくれたことを思い出す。
「でもね。暗いところにいた人が急に、太陽の明るい光にさらされると……どうなると思う?」
「……何が言いたいんですか?」
「それにね、皆がみんな太陽を喜ぶ訳じゃないんだよ。カビとか雑菌とか、暗くてジメジメしたところを好む生き物は日光にさらされると滅びてしまう……」
我慢できなくなって周は叫んだ。
「智哉をバカにするな!!」
和泉は少し驚いた顔をして、それから困ったような表情になった。
「ごめん、言い方が悪かったかな。そんなつもりじゃなかったんだけど」
周は少し歩みを速めた。和泉が後を追いかけてくる。
「ついて来るなよ!」
「でも、僕も帰る方向は同じだし……」
和泉が何を言いたいのかさっぱり理解できない。ただ感じるのは腹立たしさだけ。
そしてなんとなくだが、彼は間違っていないような気がしてならない。