69:昔とった杵柄
ダメだ、話にならない。
まるで日本語の通じない外国人を相手にしているような気分だ。
今まで、こんな理論の通じない人間に出会ったことがない。
容疑者の氏名、年齢は既に把握してある。現住所もだ。
彼を一目見た瞬間、てっきり20代後半ぐらいかと思っていたが、実はまだ10代だったという……。
日本人のはずだが、言葉が通じていないような錯覚に陥ってしまう。もしかすると方言がキツいのだろうか?
そこへノックの音と共に、友永が顔を出す。
元少年課の現刑事。彼なら上手く話を引き出してくれるだろう。
聡介は思わず立ち上がり、彼に席を譲った。
すると、なぜだろうか。
取調室の空気が一転したような気がした。
餅は餅屋、専門家に任せるのがいい……ということわざは真実だと思う。
友永は割とすぐ、容疑者の少年と打ち解けてしまった。
今、若い子の間で流行っている共通の話題を最初に持ち出し……それも相手の一番興味のある分野……傍で聞いている聡介にはまったく訳がわからないが、2人はすぐに盛り上がった。
しばらく雑談が続く。
「……で、誰に頼まれたんだ?」
まるで世間話の延長のように、友永が尋問する。
頼まれた?
聡介は彼の横顔を見つめた。
「何それ?」
「樫原詩織にまとわりつく、角田某っていう悪い虫を排除しろって、誰かに依頼されたんじゃないのか?」
「……別に、誰にも頼まれてなんかいないよ」
少年は目を逸らす。
「お前さん、確か茨城の人間だよな……広島まで、どうやって来たんだ?」
「ひゃははは、そんなの。飛行機でひとっ飛びだよ」
「そういや茨城にも新しく空港ができたのって、何年前だったかな」
そうだ。容疑者は茨城県ひたちなか市の住民だった。聡介は正直なところ、茨城県がどこにあるのかすら知らない。なんとなく関東……という程度の認識だ。
「どうやって樫原詩織を知ったんだ?」
「ネットの広告でさ、すっごく可愛い子を見つけたっぺよ。それが詩織ちゃんだったんだけど……」
「けど?」
「まだ中央には出てないけど、そのうちきっと……」
「中央? それは、東京のことか?」
「そ。今にそのうち、東京のテレビ局が彼女を引っ張りダコにして、売れっ子になる。その時にさ、広島で活動してた頃のライブチケットとか、当時の写真とかとっておくと、ものすごい値段がつくんだ~」
なるほど、そういうものか。
「金が欲しいか?」
「そりゃぁ……」
「金さえあれば、大抵の願いは叶うからな。けど、金の集まるところには、ロクでもない人間が集まるっていうのもまた真実だって……知ってるか?」
「……」
「お前、何かと苦労してきたみたいだな。学校でバカにされたり、何かと辛い思いをしてきたんじゃないのか?」
容疑者の少年は震えだした。
「ひょっとすると……自分を苦しめた奴に、よく似ていたんじゃないか? お前さんが刺した相手って言うのは」
「すんません、班長。却ってこじらせちまった感が……」
「いや、お前はよくやってくれたよ」
容疑者の少年が、急に体調不良を訴えてきたため、取調べは一時中断となった。
聡介と友永は取調室を出た。
「それにしても『誰に頼まれたのか』っていうのは、どういうことだ?」
友永はボリボリと髪を掻き回しつつ、
「……なんとなく、そんな気がしただけです」
「刑事の勘か」
「……よしてくださいよ、俺はそこまで経験を積んじゃいませんや。ただ、奴は確か『お告げがあった』と、言っていましたよね。そこから、そう考えただけです」
「でも、さすがだな。今後、未成年が相手の時は、お前に任せるに限る」
聡介がぽん、と肩を叩くと、最年長の部下は驚いた顔をする。
「……なんだ……?」
「いや。さすがにあのジュニアが懐くだけあるな……と」
彼が和泉のことを【ジュニア】と呼んでいることは知っている。
どういう意図でそう言ったのかはさておき。
「とにかく、あいつは多分……誰かに何か、余計な情報を吹き込まれた可能性が高いと思います。それでいて確信犯だ」
「確信犯っていうのは……?」
「本来の意味ですよ。自分が罪を犯したなんて、これっぽっちも考えちゃいない。むしろ正しいことをしたと本気で信じている。簡単に言えば、テロリストです。この場合、奴にとってのアラーは樫原詩織ってところでしょうか」
「彰彦もそんなことを言っていたな、アイドルとは偶像だ……と」
「人間ってのは、何かを崇拝したい生き物なんです」
それにしても、と聡介は友永の横顔を見てふと思ったことを口にした。
「お前、スッキリしたら男前だな。いつも清潔にしてたらどうだ?」
「……」
「……?」




