68:子供に頼まれて
「聡さんはおるか~?」
ひらひらとA4サイズの封筒を手に、捜査1課の部屋に入ってきたのは、鑑識課の相原警部補であった。
「聡さんは今、キチガ○の取調中です……」
和泉が答えると、
「ああ、昼間の事件か。ほんならこれ渡しとけ」
「なんです? これ」
「こないだのロリコン孤独死事件じゃ。頼まれたこと、調べがついたけぇな」
「毒殺ですよ、孤独死には違いありませんが……」
「前科者でチンピラじゃった、ちゅう話はホンマみたいじゃの」
「なぜです?」
「昔、どこでどういうトラブルを起こしたんかしらんが……脇腹に刺し傷の跡があったんじゃ。そんなに深くなかったけどな。ぱっと遺体の写真を見た聡さんが、気になるけぇ調べてくれちゅうたんよ」
何に感心しているのか知らないが、相原は首を振りながら部屋を出ていく。
和泉はさっそく封筒を開けてその書類に目を通した。
和泉はさっそく封筒を開けてその書類に目を通した。
「その古い傷が何か、今回の事件に関係するんでしょうか?」
うさこが資料を覗きこんでくる。
「聡さんの勘がそう囁くって言うんなら、そうなんだよ」
なんですか、それ? と、若い女性刑事は不思議そうな顔をしている。
「猪又は確か……鳥取県の出身でしたよね?」
駿河が資料を見ながら口にする。
「そうだったね。ひょっとして、鳥取にいられないような事件を起こして、広島に流れてきたのかな?」
「地元の人ならば、何か過去の事件を知っているかもしれません」
「鳥取かぁ~……一回、岡山に出て北上でしょ? 時間もお金もかかるけど……出張の許可が降りるかなぁ」
和泉がやれやれ、と嬉しそうに溜め息をついた時。
「よぉ、おつかれ」
聞き慣れた声が背後で聞こえた。
振り返ると友永だった。
いつもの無精髭と、ボサボサのだらしない髪はどこへやら。スッキリとした出で立ちの彼は、壁にもたれた気障なポーズを取っていた。
「なぁ、葵。俺に会えなくて寂しかったか?」
駿河は口で肯定こそしないものの、久しぶりに相方の顔を見て、やはり少なからず嬉しいらしかった。
「友永さん、どこで何してたんですか!?」
まったく事情を知らないうさこは、そう叫んで噛みつく。
ここ何日か、彼は姿を見せたり見せなかったりと、かなり好き勝手に動いていた。
もっとも和泉だって、それほど詳しい事情を知っている訳ではない。ただなんとなく、プライベートで何かあったんだろうな、というぐらいしか。
「ま、いろいろとな……とにかく。もう、こっちの方は片付いた。俺も今後はしっかり捜査に加わるぜ」
そう言って彼はパソコンを立ち上げ、捜査資料をぱらぱらとめくる。
「ニュース、見たか? ライブハウスで若い男が刺されたって……」
誰にともなく話しかけた友永の問いに、
「我々の目の前で起きた事件です」と、駿河が答える。
「マジか。で、被害者は?」
「彼ですよ」
和泉はホワイトボードに貼ってある角田道久の写真を指差した。
「こりゃまた、独特の顔立ちだな……おい」
「って言うか、友永さん。あのライブハウスにいましたよね?」
和泉が突っ込むと、
「そうだったか?」としらを切る。
まぁいい。何か話したくない事情があるのなら、そっとしておこう。
「久しぶりの現行犯逮捕で、現在、聡さんが取調べ中ですが……かなり手こずっているみたいです。元少年課の友永さん、助け船を出せませんか?」
「……未成年か?」
「一応、そうみたいです」
元少年課の現刑事は立ち上がり、黙って取調室へと向かった。




