66:忘れている思い出
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詩織は一緒にいた義姉を一目見た途端、誰? と問いかけてきた。
「俺の義姉さん……」
周の向かいに腰を下ろした彼女は、まじまじと2人を見くらべる。
「あー、確かに。よく似てる!!」
義理なんだけどな……と思ったが、悪い気はしないので黙っておく。
詩織はマスターに「フルーツパフェね!!」と頼んでおいてから、改めてこちらを見る。
「周君、ホントに……私のこと全然覚えてないんだね?」
「悪い……」
「私は、ずっと覚えてたんだけどな~。そうね、でも……週末になると周君って必ず、パパが遊んでくれるからとか、お出かけに連れて行ってくれるからって、一緒に遊んでくれなかったよね」
それは何となく覚えているというか、確かにそうだっただろう。
父は休みの日になると必ず、朝から晩まで周の面倒をしっかりと見てくれた。
「羨ましかったよ、私には父親、いなかったから」
詩織は溜め息をつきながら言う。
「うちの両親ね、私が3歳ぐらいの頃に離婚したの。原因はママのせい。あの人元々、浪費癖のすごい人で……あちこちに借金して……結局、今は私が尻ぬぐいさせられているってことなんだ」
アイドルがそういう単語を使っていいのか……と思ったが、とりあえず黙っておく。
「私を芸能界に入れたのはママなの。勝手にオーディションに応募して、何となく受けてみたら受かっちゃって。それで、こう言うのってホントに運なんだね。まさかこんなに売れるなんて思ってもみなかった」
それから詩織は自身の半生について語りだした。
よくしゃべるな……と、周は呆れながら聞いていた。
義姉が退屈していないか、そちらの方が気がかりだったが、幸い彼女は詩織の話を熱心に聞いていた。
きっと旅館の客にも、こちらが質問してもいないのに、勝手にベラベラと自らのことを話し出す人間がいるだろう。そう言うのに慣れているのかもしれない。
パフェを口に運びつつ、それでもおしゃべりは止めない。
器用だな……と思いながら見ていた。
話が途切れたのを見計らって、周は訊ねた。
「智哉のことは覚えてるか? 篠崎智哉。一緒に遊んだだろ?」
すると詩織は一瞬、なぜか顔を強張らせた。
「うん、まぁ……」
「智哉、今は俺のクラスメートなんだ。小さい頃から綺麗な顔してたけど、今はすっかり美少年だぜ?」
「……知ってるよ、元従兄弟だもん」
「えっ?!」
「私の……パパと、智君のママが姉弟なの。昔は近くに住んでたんだ」
どうりで顔が似ていると思った。しかし……。
「智哉は一言も、そんなこと……」
「恥ずかしいからじゃない? 智君のママ、私にとっては伯母さんって、うちのママのこといつもボロクソに貶してたし。まぁ、否定するだけの材料がないから何も言えないけど」
「……自分の母親のこと、そんなふうに言うなよ……」
周は産みの母親のことは何も知らない。
父はいつも、優しくて綺麗な人だったと言っていたけれど。だから母親を悪く言う人間の気持ちがわからない。
「ねぇ、ところでさ。周君は芸能界に興味ない?」
「え、俺……?」
「絶対、売れると思うんだよね。イケメンだし。あ、でも……もう17だっけ? 基本的に12歳ぐらいから始めて15ぐらいでデビューって言う感じだから、ちょっとタイミング的には遅いのかなぁ……?」
遅いか早いか知らないが、今はとにかく確実に稼げる方法が知りたい。
さらに兄夫婦が円満に離婚できたら何も言うことはない。
その時、パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響き、たった今出てきたばかりのビルを取り囲むように停まったのが窓から見えた。
制服姿の警官が黄色いテープを貼り、集まり始めた野次馬をけん制している。
店のドアが開き、カランカランと激しくベルの音が鳴る。
慌てた様子の、グレーのスーツを着た女性が走り寄ってくる。
「詩織、行くわよ!!」
「えっ?」
詩織は目を白黒させて、スーツの女性に引っ張られて行く。
残された周と美咲は顔を見合わせた。
「……帰ろうか?」
「そうね」




