62:熱烈なファン
ふと和泉がまわりを見回すと、会場の外にたむろしている何人かの若者を見た。
「あの人達は……次の公演を待っている人達ですか?」
「いいえ、今日のライブはこれっきりですよ」
「じゃあ、なぜそこにいるんです?」
「チケットが買えなくて、せめて音漏れだけでも……という熱心なファンですね」
ふーん、と返事をしながら和泉は、1人だけどうしても気になる人物がいた。
チェックのシャツ、アニメの絵柄がプリントされたTシャツ。背中に背負ったリュックサックから団扇がのぞいている。
強いて言うなら【勘】だ。何かやらかしそうだ、という。
警察官はこの手の勘、で怪しい人間に職務質問をし、検挙に至っている。
長い警官人生で培った和泉の勘が囁いている。
あの人物から目を離すな、と。
「……とりあえず、暇だから今までの情報を整理してみようか?」
座る場所がないので、壁にもたれ、和泉は駿河に話しかけた。
「まず。出所後、猪又に接触したのは保護司の角田幸造、それから甥の角田……なんだっけ?」
「角田道久、です」
「そいつ、どうやって猪又の存在を知ったんだろうね?」
「保護司から直接聞いたか、あるいは……情報を盗み聞きしたか」
「偶々、かな? それとも何か意図があってのことかな?」
「もし意図的だったとしたら、どういう可能性が考えられますか……?」
逆に質問されてしまった。
「そうだなぁ……」
いくつか可能性は浮かんだが、口にするのも気分の悪い話だ。
「きっと、ロクでもないことを企んでたんだと思うよ?」
そんなの当たり前じゃないか、と駿河の目が言っている。
「さて、猪又はちょくちょくこのライブハウスに出入りしていた。出所後間もないのに、チケットを買う余裕なんかなかったと思うけど……さっきの人の話だと、樫原詩織のマネージャーと知り合いみたいな様子だから、タダ券をもらったのかもしれないね。まぁファンだったのかどうか……そこは謎だけど」
「そう言えば、例のバーでも聞きましたが【タラ】って、何のことでしょうか?」
「うーん、魚の鱈なのか……それとももっと他の、何の関係もない……?」
※※※※※※※※※
公演終了。アイドルたちは袖に引っ込み、ファンたちはゾロゾロと外に出ていく。後ろの方にいた周達は、すぐ退出することができた。
人ごみに酔ってしまったのか、周は少し吐き気を覚えた。
「……周、大丈夫……?」
「あんまり大丈夫じゃない……」
「美咲、あとは頼んだよ。僕はこれから仕事だから」
賢司が言い、美咲は驚いた表情をする。
しかしすぐに、
「……はい」
「智哉君、お家まで送って行くよ」
「え、でも……」
智哉は遠慮しているのか、困ったような表情でこちらを見た。すると兄は、ほぼ無理やりといった感じで智哉の手を取り、スタスタと歩いていく。
その時、周のスマホが震えた。
「……もしもし?」
『周君、今どこ?! 私、楽屋にいるんだけど……会えないかな?』
詩織から電話だ。
そう言えば彼女に渡そうと思って、花束を持ってきたんだっけ。
「わかった」
「周君、大丈夫なの? 顔色が悪いけど……」
「あんまり大丈夫じゃないけど、まぁ……一応、挨拶しとかないとな」
「私も一緒に行っていい?」
「むしろ、一緒に来てくれ」
楽屋を探してウロウロしていると、奥の方に人だかりができていた。
熱心なファンが楽屋の方へ押しかけ、警備員や劇場スタッフと押し合いへしあいしているようだ。
「……やっぱり、やめようか?」
再び、電話がかかってくる。
『あのね、楽屋は無理みたいだから……このビルのすぐ向かいに【木漏れ日】っていう喫茶店があるから、そこで待っててくれる? 急いでいくから』
周が目を上げて窓の外を見ると、確かにすぐ向かいのビルの2階に【軽食・喫茶 木漏れ日】と窓に書かれているのに気がついた。
了承してライブハウスを出る。