61:ご縁があります
「和泉さ……?!」
しー、と彼は人差し指を唇にあてる。
なんでここに?
周は目だけで訴えてみた。すると、
『やっぱり僕達は運命の赤い糸で結ばれているんだよ』
和泉は意味不明なメモを書いた物をみせてくる。
『あとでね』
そうして彼はどこかへ去って行った。
わーっ、と大歓声が上がって、樫原詩織が登場する。
それから、たぶんスーパーかどこかで聞いた楽曲が流れ、歌が始まる。
聞くに堪えないほどひどくもないが、心を打つほど感動もしない。そもそも周はどちらかというとクラシック音楽の方が好きだ。
さて。
「みんな、元気~?!」
ヘッドセットマイクを通して詩織が客に呼びかけると、おーっという返事が。
「今ねぇ、季節の変わり目だから風邪をひいてる人が多いみたいだよ~。風邪ってね、体力が落ちて免疫力が下がってる時にかかりやすいんだって。だから、元気を回復する為に詩織はいつも、これ飲んでます!!」
そう言って彼女がバーンと客席に向かって突き出したのは、藤江製薬が販売している『Sドリンク』であった。
「風邪を引く前に、引いてしまったらこれ飲んで、体力回復してね!!」
再び、わーっと沸き上がる。
周は兄がどんな表情をしているのか、ちらりと横顔を見た。
苦笑……というか、嘲笑しているようにも見えた。
「じゃあ次、先週発売したばかりの新曲……」
※※※※※※※※※
和泉達は会場を出て、ロビーに移動した。
「なぜ、あの子……藤江周がいるのですか……?」
「それは僕も知りたいよ。周君だけじゃなくて、あのムカつく兄貴もいた。それから……美咲さんも。葵ちゃん、なんだったら友永さんもいることだし、先に本部へ戻っててもいいんだよ?」
しかし駿河は首を横に振る。
「仕事に私情を挟む訳にはいきません」
さすが。
「じゃあ、真面目に仕事の話をするけどね。何だか……あのマネージャー、相当怪しい感じがしなかった?」
「ええ、何と言うか……こちらを目の敵にしているようでした」
「まぁそりゃ、売れっ子アイドルに刑事が近づいたりしたら……何を言われるかわからないだろうからね」
「和泉さんが猪又の顔写真を見せた時、彼女もそれを見ていました。そして……すぐに目を逸らしました」
「さすが葵ちゃん、よく見てたね」
駿河は無表情を貫いているが、たぶん内心で喜んではいるのだろう。
「今の内に、スタッフに話を聞こう?」
和泉達はライブハウスの男性従業員に猪又のことで、話を聞くことにした。
「ああ~、あの人!! もう、何度か騒ぎを起こして……大変でしたよ!!」
従業員の一人がお手上げのポーズをしながら言う。
「意外と、小さな女の子がお客さんとしてやってくるんですよね。保護者の目を盗んでは次々と声をかけて、一度だけ、本当に警察を呼んだことがあります」
「いつの話ですか?」
「えっと……つい先日っていうか、先月だったかな……とにかく、そう昔の話じゃありません。あの人、ロリコンでしょ?」
和泉は曖昧に微笑んで誤魔化した。
「なんでそんな人を野放しにしておくんですか?! 警察は何をやってるんだか!!」
言いかけてその男性従業員は、目の前にいるのがその【警察】の人間だったことを思い出したのか、口をつぐんだ。
「他に何か、気づいたことはありませんでしたか?」
すると彼はなぜか、まわりを気にする様子を見せた。
「これ、言ってもいいのかな……?」
「ご心配なく。あなたから聞いたなんで、誰にも言いませんから」
「実は、jewelrybox3のマネージャーの中原さんって人……が、そのロリコンと揉めてるのを見たんですよ」
「中原さん、ですか」
そういえばさっきもらった名刺にそんな名前が書かれていた。
「あの人達、どこの出身なんでしょうね。なんだか謎の言語で話し合ってて、日本語だとは思うんですけど……かなり独特の話し方をしてました」
広島弁だってかなり独特だと思うのだが。
「何か覚えていることはありますか?」
「……タラ、だったかな? ダラ……だったか」
また出てきた、謎のキーワード【タラ】
「とにかく、相当険悪な様子でした。まぁ、あのオバさ……いやいや、中原さんって敵が多そうですから……」
その男性従業員は彼女にあまり好感を持っていないのか、どこか楽しそうにそう語った。
扉の向こうから大音量の音楽が聞こえてくる。




