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60/138

60:ノリ悪い

 まだ始まってもいないのに、周は既に帰りたくなっていた。

 ライブハウスの入り口には既に人だかりができている。何だか怪しい眼つきの男性が挙動不審な様子を見せていたり、家族連れがいたり、客層も様々である。


 地元のケーブルテレビだろうか、大きなカメラを構えた男性もいる。


 ところで。どういう理由かわからないが、待ち合わせ場所で落ち合った時、智哉はあまり元気がなかった。


「……大丈夫か……?」

「大丈夫、何でもないよ」


「智哉君、久しぶりね」

 義姉が声をかけると、智哉は力なく笑う。


「義姉さんって、智哉と会ったことある?」

「あるわよ。だいぶ前だけど、一度だけ……遊びに来たことあったでしょう?」


 そうだったっけ?

 さすがに旅館業をしているだけある。一度でも見た客の顔は忘れないようだ。


 賢司は智哉に何も言わない。きっと、子供の頃に会って以来だろうに。

 そして智哉の方はなぜか、なるべく顔を背けるようにしている。


 幼かった頃、よく2人で賢司に勉強を見てもらった。兄はもしかすると、実の弟よりもその友人の方が可愛いんじゃないか、そんなふうに嫉妬を覚えたこともある。


 お互いの家が引っ越して疎遠になり、小学生の頃はまったく顔を合わせることもなかった。周が智哉と再会したのは実に、中学に上がってからだ。


 3年生の頃、初めて同じクラスになり、もしかして……? となったのである。


 それはさておき。一応、招待された側としては花の一つも持参した方がいいのだろう、と言うことで花束を購入してきた。


 開場まであと10分ほど。

 気のせいだろうか、まわりにいるファン達が殺気立ってきたような気がする。


 そこへライブハウスのスタッフなのか、イベントスタッフなのか知らないが、ジャンパーを羽織った男性が拡声器を手に話し出す。

『ご来場のお客様にお願い申し上げます。え~、当会場に椅子はありません。すべて立ち見となっております。そこでお願いです。入場の際、決して他のお客様を押したり、肘で突いたりなどの迷惑行為はしないでください。なお……』


 周が何となくキョロキョロと辺りを見回していると、人ごみの向こうにちらりと、角田の姿が見えた気がした。


 別に彼がここにいても何の不思議もない。

 しかし……気まずい。


 それからまた視線を転じる。あちこちキョロキョロしている自分は、不審人物のように見られているかもしれない。

 だけど、とにかく落ち着かないのである。


 すると。

 自分と同じように、キョロキョロ辺りを見回している若い男がいる。


 小柄で眼鏡をかけた、こう言ってはなんだが秋葉原辺りに出没しそうな、やや太り気味の男性。やたらと額に浮かぶ汗を拭いていて、背負ったリュックの端から『ILOVE詩織』と書かれた団扇がのぞいている。


 その男性は何度もスマホと周囲を見くらべ、まるで何かを探しているように見えた。


「周、なんでそんなにキョロキョロしているんだ?」

 賢司に頭を抑えつけられて周はビクっと震えた。

 みっともないだろう、と溜め息をつかれる。


 そして、開場。


 扉が開くと同時に、大勢の客がなだれ込んで行く。


 こう言う場所に初めて来た周は、呆然とその様子を見ていた。スタッフが『押さないで、走らないで』と叫んでいるが、まったく届いていない。


 恐ろしい……これが群衆か。


 周は波がおさまるのを待つことにした。連れは全員、そのつもりだったようだ。

 ようやく中に入った頃には既に、ステージが遠い彼方となっていた。いったい何人ぐらい入っているのだろう? 酸欠になりそうだ。


 ざわざわ。

 もう既に、誰かが何か話してもまったく聞き取れない。


 一瞬だけぱっ、と全体が真っ暗になる。そして巨大スピーカーから大音量の音楽が流れ出す。

 ステージにスポットライトが当たる。


「みんな~、こんにちはー!! 今日は私達、jewelrybox3のライブに来てくれてありがとうねっ!!」

 声だけが聞こえる。そして。


 ステージが全体的に明るくなる。

 誰かが音頭をとり初め、次第にその音が大きくなっていく。


 こう言うのは苦手だ。周は全身に鳥肌が立つのを覚えた。


「僕、こう言うノリ苦手なんだ~……」

「俺も……」


 あれ? 今、どこから声がした?

 それもどこかで聞いたような。


 周の両肩に誰かの手が触れた。


「まさか、周君がこんなところに来てると思わなかったよ」

「俺だって別に、ファンって訳じゃ……」


 振り返って周は絶句した。

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