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5:ピンチの時にあらわれる

 20歳になってから煙草を吸う人間が果たしているのだろうか。


 篠崎智哉はぼんやりそんなことを考えていた。


 今日は学校帰りに、本来なら出入りを禁止されているはずのゲームセンターへ寄っている。角田の取り巻きの一人、亀山が意中の女の子に、彼女の欲しがっていたクレーンゲーム限定ぬいぐるみをゲットしてプレゼントするのだと、合計千円近くを注ぎ込んでいる。


「やべ、もう小銭ねぇよ。シノ、100円貸して」


 亀山が手を差し出す。貸せと言いつつ、実質的には寄越せと言っている。返ってくるあてはない。智哉が100円玉を3枚渡すと、亀山は口笛を吹いた。


 そんな手下の姿を角田が面白そうに眺めている。右手には火のついたセブンスター。煙草の煙が目に沁みるが、文句は言わない。


「ああ、くそっ!!」

 今度も失敗したらしい。いい加減あきらめたらいいんじゃないだろうか。


「……なぁ、あと500円貸してくれんかのぅ?」

 亀山は智哉に両手をすり合わせるようなポーズをして言った。

「……500円だね?」

「アホ、500円で足りるかっちゅうんじゃ。千円はいるじゃろうよ」


 角田が煙草を灰皿に押し付けながら口を挟んだ。智哉の財布には確かに千円が入っている。だが……。

「シノ、頼むけぇ」

 角田は顎をしゃくって両替してこい、と智哉に命じている。


 どうしてこんな奴の言うことを聞かなければいけない?


 自分の中でもう一人の自分が問いかける。でも、逆らえない。

 智哉は黙って両替機に行って千円札を100円玉へ替え、亀山に渡した。


「恩に着るでぇ、シノ!!」

 たぶんすべて無駄になるだろう。だけど、今は耐えるしかない。


 ただ、今はまだ千円ぐらいで済んでいるけど、これからもっと大きな金額を請求されたら? 智哉の背筋を悪寒が走った。


 クレーンゲームに熱中している亀山を見るとはなしに見ていると、いつの間にか角田が智哉のすぐ傍に立っていた。彼は火のついた煙草を目の前に差し出すと、


「お前もやってみ」

「僕はいいよ」


 しかし角田は智哉の頭を腕に抱え込むと、無理やり吸いかけの煙草を口の中に押し込んできた。


 苦みと煙が口の中に広がって途端に咳き込んでしまう。

 角田は笑い声を上げながら苦しんでいる智哉を見下ろしている。


 いつまでこんなことが続くのだろう?


 学校を卒業するまでか? それとも……。


 角田は旨そうに煙草をふかしている。煙草の匂いが制服や髪に着くだろう。匂いに敏感な妹に気付かれたらやっかいだ。

 たとえ自分が吸っていなかったとしても、どういう人間達と付き合っているのか、きっと母親は心配する。


 何と言ってごまかそうか。智哉が悩んでいた時だ。


「ダメだよ~、未成年が煙草なんか吸っちゃ」

 背後からどこかで聞いたようなのんびりした声がした。

「……って、わかっててやってるんだろうけどね」


 振り返るといつの間にか、周の知り合いの刑事がそこに立っていた。確か名前は和泉とか言ったんじゃなかったっけ。


 どうしてこんなところに?


「……なんじゃ? おっさん」

 角田は煙草を銜えたまま、眉間に皺を寄せて和泉を睨んだ。しかし彼は怯むどころか笑顔を浮かべて、

「お兄さんだよ。自分の健康を損なうのは勝手だけど、友達の肺を汚す権利は君にはないと思うなあ?」


 マズい。智哉は何とか理由をつけて和泉を外に連れ出そうと考えた。


 角田はボクシングや各種の格闘技を習っており、クラスメートで知らない者はいないほど短気で暴力的な人間である。

 いくら和泉が警察官だろうと多勢に無勢だ。


 角田が一つ号令をかければ取り巻きの少年達は否応なく加勢させられる。実際、市内で過去に何度か起きたオヤジ狩り事件のうち何軒かは彼らの仕業だという噂がある。


 明らかに不良少年と分かる町の若者達と違い、彼らは表面上いいとこのお坊ちゃまを装っているから、その正体を見極めるのは困難だ。


「ついでに言うと、君もせっかく可愛い顔してるんだから、歯は白いままにしておいた方がいいよ?」

 和泉は言った。明らかな挑発だ。


 お世辞にも角田は『可愛い顔』なんて評価できる外見ではない。潰したニキビのせいで月のクレーターのように凹凸ができた肌、細くて吊りあがり気味の眼、丸い鼻、分厚い唇。

 父親そっくりだというその顔立ちに、彼がコンプレックスを抱いているのは有名だ。


 だから角田は今どき流行りの顔立ちをした『イケメン』と呼ばれる男子を敵視している。

 周などクラスの中でもっとも憎むべき敵である。


 今、眼の前で爽やかに笑っている和泉も明らかに敵だろう。


 角田の額に青筋が立つ。


 もう、知るもんか。智哉は黙っていることにした。


 口より手が先に出る角田の拳が和泉の頬すれすれをかすった。


「おっと、暴力は感心しないな」

 和泉は相変わらず笑顔のままだ。大抵の人は彼の右手から繰り出されるパンチの速さに驚き、呆然として、それから恐怖に慄き始めるのだが、さすがというべきだろうか。


「いいこと教えてあげるよ。未成年の喫煙は法律違反、それから智哉君のお財布から強制的に遊ぶお金を出させることは、立派な恐喝で、犯罪として立件できるんだからね? それとも君達全員、広島北署留置場一泊ツアーに参加したい?ちなみに僕、本物の警官だからね。これは脅しじゃないよ」

「……」


 こう言う時、テレビでよく見る安っぽい悪役なら、それでもなりふり構わず和泉へ飛びかかって行って返り討ちに遭うのがオチだろうが、角田達は違った。


 つまらなそうに舌打ちし、取り巻きを連れてゲームセンターを出て行く。引き際を悟っているのかあるいは、和泉と関わり合いになるのを面倒だと思っているのか……。


 残された智哉は呆然と角田達の後ろ姿を見守った。


「……智哉!」ゲームセンターの入り口から思いがけない声が聞こえた。


「……周……? どうして……」


 周は心配そうな顔で智哉の元へ駆け寄ると、

「大丈夫か?!」と、肩に手を触れてくる。


「お前が……角田達なんかと一緒に下校してるの見て心配になって、そしたら学校出たところで偶然和泉さんに会って、それで……後を追って来たんだ」


 おそらく偶然ではないだろう。が、智哉は黙っていることにした。


「お前、どうしたんだよ? なんであんな奴らと……」


 心配してくれている。だけど、

「……周には関係ないだろ……」

「智哉……?」


「だいたい、あんなことしてくれって僕がいつ頼んだ?! 余計なことしないでよ!!」


 周が心配する気持ちはよくわかる。偶然か必然か知らないが、和泉を一緒に連れて来てこんなところまで助けに来てくれた好意も。


「二度とこんな真似しないで!」


 智哉は周の手を振り払うと、急いで走りだした。

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