59:持って生まれた性格か
薄暗く、靴音がやたらに響くコンクリート壁の駐車場の隅に、ミニバンが一台停まっている。
スモークガラスが貼られていたが、人の気配がする。
窓ガラスをノックすると、運転席のウインドウが降りた。何時だったか、樫原詩織が一日署長でやってきた時、挨拶に付き添ってきた女性だ。マネージャーだろう。
「ちゃんと駐車スペースに停めていますけど?!」
何がおもしろくないのか、のっけからケンカ腰である。
「そんなことではありませんよ。そこに、角田……」
名前なんだっけ? 「なんとか君、いますか?」
すると。
「……昨日のことなら、示談で済ませるって話だっただろうが!!」
と、チンピラもかくやという口調で車から降りて来たのは、間違いない角田なんとかだ。
「昨日のことは知らないけど、聞きたいことがあるんだ。この人、知ってるね?」
猪又の顔写真を見せる。
「知らね」
「そんな訳ないだろう。君がこの人と接触しているところを、目撃してる人がいるんだよ? それにね、君の顔も……一度見たらなかなか忘れられないよ。叔父さんそっくりだし」
彼の叔父のことを口に出すと、角田の顔色が変わった。
「この人と、どんな遣り取りをしたのか教えてくれないかな。別に君が、この人を殺したなんて考えてはいないよ?」
半分ぐらいは。
声に出さず、胸の内で呟いておく。
「ふざけんなよっ!! 俺がなんで、このおっさんを殺さなきゃいけないんだよ?! 見当違いの俺なんかを疑っていないで、さっさと犯人を逮捕しろよ!! 無能な警察が、この税金泥棒!!」
ブチブチっと、血管が幾らか切れたような気がする。
まぁ、いい。
「君はもう、いいよ。樫原詩織さん、そこにいるんでしょう? あなたにも話を聞きたいんですが」
すると、
「詩織に何の話があるっていうんですか?!」
と、マネージャーが噛みついてくる。
「……あなたには関係のないことだと思いますが」
相手が熱くなればなるほど、こちらは冷めていくものだ。
「詩織のことは24時間、私が傍で見守っていますから、私に訊いてください!!」
「……なるほど、24時間監視なさっていると」
「あなた、失礼ですよ!! 名前は?!」
「名乗るほどの者ではありません」
和泉がニッコリ笑って答えると、携帯電話の着信音が響いた。
「行くわよ、時間だわ!!」
マネージャーの女性はドアを開け、腹立たしそうに思い切り強く閉める。
「ちなみに、こういう者です。名刺をいただけますか?」
和泉が名刺を差し出すと、舌打ちでもしそうな表情で、それでも相手も名刺を差し出してくる。
『株式会社ヒロ興業 専務取締役 中原優香里』
「へぇ、専務さんがマネージャーもやっているんですか」
「うちみたいな小さなプロダクションはね、何もかも全部、自分たちでやっていかなければ回っていかないんです!! あなた方に付き合っている暇はないんですよ!!」
後部座席のドアが空き、樫原詩織と思われる少女が降りてくる。
眼鏡に帽子、マスクと顔のかなりの部分を隠していた。
角田が彼女を庇うようにして歩き出す。
「怒らせてどうするんですか……」
彼らが去って行ったのを待っていたかのように、駿河が呟く。
「葵ちゃんも知ってるでしょ? 怒らせた方がポロっと、本当のことを口にするんだってことぐらい」
「……和泉さんの場合は、相手を怒らせることを、楽しんでいるように思えますが……」
「バレた~? あはは。それよりさ、待ってようよ。彼女達の……学芸会が終わるまで」
ファンが聞いたら激怒しそうなことを口にして、刑事達は駐車場を後にした。