58:別にファンじゃないけど
まこと、売れっ子アイドルと言うのは土日も何もなく、今日も今日とてライブだイベントだ、と県内のあちこちを動き回っているらしい。しかし。
今日は広島市内の、被害者が何度も出入りしているのを目撃されたライブハウスで公演を行うという。時刻は午後1時から。
和泉と駿河は早めに来て、やってくる客たちの様子を見ていた。開場までまだかなりの余裕があるのに、ファンが既に行列を作っている。早い人間は今日の朝6時から並んでいるらしい。ライブハウスは立ち見らしく、一番いい位置を狙っているとのことだ。
「やれやれ、その情熱ってどこから来るんだろうね~……」
和泉は駿河に話しかけたが、返事がない。
シカトか? ムっとして様子を伺うと、なぜか彼は固まっていた。
「どうし……げっ!!」
和泉も声を失ってしまった。
それというのも、どうやら友永らしい中年男性が、こちらに向かって歩いてきているからだ。
「なんで、友永さん……捜査じゃないよね? そういう人じゃないよね」
「いたってプライベートなのだと思います」
彼は立派な一眼レフカメラを首から提げ、いつになく綺麗な小ざっぱりとした格好で、こちらに気付かず通り過ぎて行く。
「とりあえず、知らない人のフリしておこう」
駿河も異論はないようだ。
「もしかして……」
「どうしたの? 葵ちゃん」
「確か、息子さんがいらっしゃって……このアイドルグループのファンだと言っていたような気がします」
「へぇ……」
友永に息子がいることさえ、和泉は知らなかった。
「さ、僕達は仕事しよう」
楽屋の方に回る。
当然ながら、アポイントは取っていない。
たくさんの花が廊下に立てかけられている。すると、向かいから2人組の少女が歩いてきた。
2人は何か話しながら、楽屋へと入って行こうとする。
「お嬢さん達、ちょっと話を聞かせてもらっていいかな?」
彼女達は同時にこちらを振り向く。どちらも、可愛らしい顔立ちの女の子だった。
「実は、こう言うものなんだけど」
和泉達が警察手帳を示してみせると、2人の少女はクスクスと含み笑いをしはじめた。かなりの悪意が感じられる。
「もしかして、あの人のことですかぁ?」
「……どういう意味だい?」
「一昨日だったかなぁ、新しく付き人って言うかマネージャーの補佐みたいな感じでやってきた、男の子がいるんです。その子、ケンカが強いからって用心棒みたいな感じで雇われたらしいんですけど……ねぇ?」
「そう、その人すっごい野蛮でね……熱心なファンの人の中には、私達のこと出待ちしてて、無理矢理触ってこようとする人とかいるんですぅ」
「昨日もそういう男の人がいて、詩織に触ろうとしたんです。そしたら……もう、ヤクザみたいだったよね?」
「そうそう、死んじゃうんじゃないかって思っちゃった」
「それってもしかして、この子?」
和泉は角田の顔写真を見せた。
「そう、こいつ!!」
「今、どこに?」
「さっきマネージャーさんと一緒にいたよ。私達と詩織は、別格の扱いだからね」
この際、彼女達の感情にかまっている暇はない。
「今、どこに?」
「まだ車の中なんじゃないですかぁ?」
「そうそう、今日は 何だか詩織、乗り気じゃなかったし……」
「このビルの駐車場だね?」
そう、と返事を聞いてすぐさま、地下に向かう。




