54:記憶にございません
「智哉」
車を降りる時、友永に呼び止められた。
「いいか? 自分の価値を決めるのは他人じゃない、自分自身だ。誰にも恥じることなく真っ当に生きていれば……いずれはわかる。例え何かで失敗したとしても、人生にやり直しはいくらでもきくんだからな」
智哉は驚いて振り返る。
「友達に悪いことをしたと思うんなら、素直に謝って、同じ間違いをしない努力をする。大切なのは、やっちまったことをどう後始末するか……だ」
それと、と彼は続ける。
「少なくとも、例えば俺1人でもお前を必要とする人間がいる……だから、それが立派なお前の値打ちだ!! 今日は、付き合ってくれて嬉しかった……ありがとう」
何を言ってるんだろう? この人は。
イマイチよくわからなかったけど、なぜだろう? 不意に涙がこみ上げてきた。
※※※※※※※※※
今日、学校から帰ると樫原詩織名義で、封書が届いていた。
開封すると【jewelrybox3】のライブチケットが4枚も入っていた。手書きのメッセージまで添えて。
『幼馴染みのよしみで、ライブにきてよ。お友達を誘って。もし時間があれば、ライブの後に少しおしゃべりしたいな。よろしくね』
夕食後、周はリビングで義姉と2人、同封されていたチケットと手紙をテーブルの上に広げて考え込んでいた。
「それ、本物……っていうか、本人から……?」
様子を見ていた義姉が驚いた顔をする。
「うん、多分……本物だと思う」
「周君ったら、ホントに覚えてないの? 彼女のこと」
「うーん……記憶にないんだよな~……言われてみれば確かに、一緒に遊んだ女の子がいた記憶はあるんだけど」
すると美咲はなぜか、ひどく落ち着かない表情を見せる。
「なんだよ?」
「もしかして、その子……周君のこと……」
「俺が何?」
「好き、なんじゃないかなって」
おどろいた。遊んでー、と膝の上に乗ってくる猫がバシバシ、前肢で頬を叩くのも気にならないほど。
「まさか!! だって俺、全然覚えてないんだぞ?」
「……」
「考えすぎだよ。仮にそうだったとして……」
そうだったとして。
今はそんなこと、少しも考える余裕がない。
こっちは兄と義姉をどうやって上手く後腐れなく別れさせることができるかどうか、そのことで頭がいっぱいだ。
話題を逸らそう。
「あ、よく見たらチケット4枚も入ってるじゃんか。義姉さんも一緒に行く?」
「……あとの2枚は?」
ふと、和泉の顔が浮かんだ。
興味ないだろうな、きっと。そもそも、忙しくてそれどころじゃないだろう。
その時、ぷちっと消えていたはずのリビングのテレビに電源が入った。なんのことはない、猫達が追いかけっこをしたはずみで、どちらかがスイッチを踏んだだけだ。
ニュースの時間だ。
「……毒物を仕込まれた栄養ドリンクを服用し、中毒症状によって死亡に至ったと見られています。警察は殺人事件として、捜査を開始しています……」
テレビ画面いっぱいに被害者の顔写真が映し出される。
思わず周の口から「うわ」と、声が出てしまった。
なんというか人相が悪い。よく運転免許証の顔写真が指名手配犯みたいだ、と言う人がいるが、そんなレベルではない。
一度見たら忘れらない。
そうだ……一度見た!!
円城寺の家の近くのコンビニで、黒いワンボックスカーに乗っていた。彼の妹を連れ去ろうと仕掛けた時に見たのと同じ車ではなかったかと、注意して見ていた。
その時、運転席に乗っていたのが確か、この顔だった。
そういえば先日、和泉の父が、円城寺の妹連れ去り未遂について話を聞きに来た。
まさか……その時の犯人が、今ニュースに出ている被害者なのか?
となると、警察は円城寺に疑いをかけたりはしないだろうか。いや、でも。あの事件は未遂に終わったのだから……。
「周君、周君?!」
「あ、ごめん、何か言った?」
「ううん……あら?」
「どうしたの?」
テレビ、と彼女は画面を指差す。
『なお毒物は、この栄養ドリンクに含まれていたと見られ……』
アナウンサーがしゃべっている間、映っていたのは藤江製薬の栄養ドリンクである。
「……しばらく賢司さんの、機嫌が悪くなりそうだわ……」
義姉の呟きに周も全面的に同意していた。
何しろブランドイメージを大切にする人だから、殺人事件の道具に自社の製品を使用されたなど、耐えがたい屈辱だろう。
「……そうだ! じゃあここは幼馴染みのよしみで、樫原詩織にライブで藤江製薬のSドリンクを宣伝してもらうように頼んでみるか。テレビでじゃなくて、生で」
結局、否応なく樫原詩織のライブに行くことになりそうだ。




