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54/138

53:けっこうな割合でいる

「おい!!」

 背後からした大きな声に智哉はひどく驚き、文字通り飛び上がりそうになった。


 恐る恐る振り返ると、友永が笑って……はいなかった。怒っていた。

 彼は智哉に近づくと、その華奢な腕を掴んで駅の方へ歩きだした。


「な、何するんですか?!」

「子供扱いされるとキレるくせに、子供みたいな真似すんじゃねぇ」


 最終のロープウェイが到着する。乗客は智哉と友永の二人だけだ。

 下りのロープウェイのカゴの中は、ひたすら気まずい空気だけが支配した。


 地上に到着する。

 ありがとうございました~、と従業員の声を背に、二人はフェリー乗り場へ向かう。


 歩きながら友永はポケットから携帯電話を取りだした。

「あ、班長? あと少ししたら、合流します……ええ」


 帰りたくはない。でも、この人と一緒にいるのも今は辛い。居場所がない。


「……腹、減ってるか?」

 そう尋ねられたら、急に空腹感を覚えてきた。智哉が黙って頷くと、

「食えないものはあるか?」

「……生のトマト……」トマトソースやケチャップは平気なのに、なぜか生のトマトだけは苦手だ。

「わかった」


 広島本土に戻る。

 友永は再び智哉を車に乗せ、本通り商店街でもなく、駅前でもなく、初めて見る住宅街に連れて行った。


「ここのラーメンが美味いんだ。トマトは入ってないから安心しろ」

 マンションの一階に入っている中華料理店。仕事帰りのサラリーマンが何人か既に一杯やっている。


「なんだ、ラーメンは嫌いか?」

 智哉は黙って首を横に振る。まだ友永が怒っていると思ったから何も言えないでいた。

 カウンター席に二人並んで座る。


「あの……」

 智哉は前を向いたまま、小さな声で話かけた。友永はテレビの野球中継に視線を向けていたが、何だ? と返事をしてくれた。


「どうして、ですか?」

「何が」

「だから……」

「男ならはっきり物を言え。俺は回りくどいのが苦手だ」


「どうして僕に、こんなに優しくしてくれるんですか?」


 智哉は友永の横顔を見つめた。きちんと髭をそって髪を整えたら、意外とイケてるおじさんかもしれない……。


「癖だな」友永はおしぼりで顔を拭きながら答えた。

「クセ……?」

「刑事やる前は、クソガキ……いや、不良少年少女を相手にする部署にいたからな。その頃の習性が抜けないんだ」

 そういえばそんなことを言っていた記憶がある。


「でも、そんなの僕の他にもいっぱいいると思いますけど?」

 寝不足なのだろうか、充血した眼を向けて友永は言う。

「……自己満足だ……」


「え……?」

「俺にも『ともや』って名前の……息子がいた」


 女性店員がラーメンを運んでくる。


「のびないうちに食えよ」

 結局、それ以上尋ねることはできなかった。


「ごちそうさまでした」

 店を出て、再び車に乗り込む。

「家に送る」

「……はい」

「帰りたくないか?」

 実はそうだ。

「そんな時、あるよな。たとえ家族だって言っても……顔を見るのも辛い時って言うのがさ……」


 ふと。なんとなく周の顔が頭に浮かんだ。


「……学校も、行きたくないです……」

「そうか」

「友達とケンカしちゃって……」

 というよりも。親身になってこちらの心配をしてくれる周に、本当のことを言うべきか否か、悩んでいるだけだ。


 知られたくない。でも……。


「そうだな。でも、気まずいから、っていつまでも逃げ回ってたら……それは何の解決にもならない。かつての俺がそうだった。時間がすべてを解決してくれる、そうやって何もしないで逃げ回って……気がつけば独りきりになってた」

「……」


「あの時、ああしていれば、こうしていれば。人生なんて、後悔の連続だってことがよくわかった。本当に大切な物って、失ってみて初めてわかるもんだな。この歳になってようやく気がついた」

 友永の手が優しく頭に触れる。

「友達とか仲間ってのはな……自分から求めて行動しなければ、手には入らないものなんだ。棚から落ちてくる牡丹餅じゃねぇ。そして一度手に入れたなら、大切にしろ」


「でも……」

「でも、なんだ?」

「僕にはそんな、価値があるんでしょうか?」


「価値……?」

「ずっと前、父が言ったんです。お父さんがお母さんと結婚したのは、お前ができたからだ。責任を取らされたんだ……って。僕は、望まれて生まれてきた訳じゃない。いてもいなくても同じなんだって、誰にも必要となんかされてないって……そんな僕には、もったいないぐらいの立派な友達がいて……」


「お前の父親、今どこにいる?」

「え……?」

「ふざけたことぬかしやがって、ぶん殴ってやる!!」

 本気で殴りこみにでも行きかねない様子の友永を見ていて、智哉は不思議に思った。


 知り合ってそれほど時間がたっていないのに、この人はなんだか、随分前から親しくしている間柄のような気がしている。


「たぶん、当直なら病院にいると思います……」

「……医者なのか、お前の父親って」

「ええ、一応」


 母親は医療事務の資格を持ち、父と同じ病院の受付に勤務していた。

 智哉はどこまで本気なのかわからない相手の横顔を見つめた。


 それからふと、時計を確認する。

「……帰ります……今日は、ありがとうございました」

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