51:誘われるまま
昔からそうだった。
周は自分のことをさておいて、他人のことを心配する。
そういう利他的なところは称賛に値するのかもしれないが、時には余計なおせっかいだと感じてしまうこともある。
彼に悪意も、興味本位も欠片だってないことは充分に承知している。
それでも、何もかもすべて打ち明けることなんてできない。
角田はもう学校に来ないらしい。
そのことを聞いた時は、本当にほっとした。でも『あの事実』が消え去る訳ではない。
いつまた、どこで再会して、脅されるかわからない……。
それに。自分は彼に、そんなにまで気を遣われる資格などないのだ。
智哉には周に隠している秘密が複数あった。
学校が終わったら今日はどうしようか。
家に帰りたくない。
その時、携帯電話が鳴りだした。
昨日から何度かかかってきて、今朝、謎のメールをくれた番号からだ。智哉は思い切って通話ボタンを押した。
「……もしもし……?」
『本当に忘れたのか?』
「えっと……」
覚えている。友永と言う人だ。
「……何かご用ですか?」
『別に用事はねぇよ。その後どうしてるかって思っただけだ。悪かったな、暇で』
驚いた。まさか気にしていてくれたなんて。
『変わりないようだな。それじゃ』
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
思いがけず大きな声を出してしまった。
『……何だ?』
「わざわざそんなことのために、電話してきたんですか?」
『だから暇なんだって言ったろ』
「だ、だったら……」智哉は息を吸い込み、自分でも驚くべきことを口にしていた。「暇なんだったら、どこかへ連れてってください」
『……』
すぐ我に帰る。
「な……何でもありません! 忘れてください!!」
『どこ行きたいんだ?』
どこと言われても、咄嗟には思いつかない。どうしてこんなことを言ったりしたのだろう?智哉は顔から火が出るほど熱くなってきた。
『なんだ、特にないんなら俺が勝手に決めるぞ』
「え……?」
『学校はもう終わってるんだろ? だったら八丁堀の駅前に出てろ。確かローソンだかファミマだかコンビニがあったから、そこの前でな』
思いもよらないことになってしまった。どうしよう? すっぽかしてしまおうか。
だけど、智哉は気が付いたら八丁堀駅前のコンビニ前に立っていた。
……ポルシェやフェラーリがやってくるとは思っていなかったが、まさか軽自動車がやってくるとは思っていなかった。
「ちゃんとシートベルト締めろよ?」
いつかの夜、世話になった刑事は、相変わらず無精髭の残った、だらしない髪型をしているが、妙なところで細かい。
智哉はそれほど待たされることなく、迎えに来てくれた友永の軽自動車に乗り込んだ。
不思議な気持ちだ。
智哉は黙ってカーラジオから流れる中古車販売のCMや、流行りの歌を聞いていた。車は町の中心部を抜けて西へ向かっているようだ。
「……今日、お休みだったんですか?」
助手席に座った智哉はしばらくして、なんとなく口を開いた。
「いや、仕事」友永が答える。
「いいんですか? こんなことしてて……」
「ノープロブレム、だ。うちの上司はちゃんと仕事さえすれば文句は言わない」
「いい御身分なんですね」
皮肉のつもりはなかったが、ついそんな言葉が出てしまった。
「まぁな、警官ってのはある意味で得だな。電車にタダで乗れるし、手帳を見せるだけでうるさい奴を黙らせることもできる」
「そんなんだから……一般市民に嫌われるんですよ」
すると友永は違いねぇ、と笑った。
「お前も、警察嫌いなクチか?」
「……以前は……」
「以前ってことは、今は違うってことか?」
「少なくとも、全員が嫌な人だって訳じゃないってことはわかりました」
へぇ、と友永はニヤニヤしながら智哉の方を見てきた。
「ま、前向いて運転してください!」




