50:その後の足取り
「……猪又を訪ねてきた、若い男?」
捜査本部に戻り、和泉は聡介に報告した。
「ええ、顔はこんな感じです」
「なんだこれ……」
「このキャラクターによく似ていたらしいですよ。何となく、思い当たる人物がいて訪ねてみたんですが、いずれも留守でした」
「いずれも? って、どういう意味だ」
「実は……猪又の保護司をしている角田幸造という人物によく似ているんです。そしてもう1人、現時点では関係があるのかないのかわかりませんが、角田幸造の甥で道久と言う名前の高校生がいます。周君のクラスメートです」
聡介は顔をしかめた。
「なんでそこで、周君の名前が出てくるんだ……」
「事実だから仕方ないです」
「……周君のクラスメートが、猪又とどう関係してくるっていうんだ」
「わかりません」
「もう少し、よく精査してから報告してくれ」
やれやれ、と父は溜め息をつく。
ふと和泉はホワイトボードに記載された情報を見て、新しい発見に気づいた。
他の刑事達が調べてきた情報によると、猪又は週に1、2度、流川にあるライブハウスへ足を運んでいたらしい。そこはいわゆるご当地アイドルがステージに立つ場所である。
今、広島県内では人気絶頂の樫原詩織も、そこを拠点に活動している。
「……意外ですね」
「ああ、俺もそう思った。ロリコンっていうのはもっと、小さい女の子が対象なんじゃないのか? 意外と守備範囲が広いのかもしれないな」
「もしかして……」
駿河がぽつりと口を挟んだ。「その若い男が角田幸造の甥だとして、ライブハウスで知り合って、被害者宅を訪ねてきたのかもしれません」
「何のために?」
「それは……」
と、言ったきり彼は黙ってしまった。
「その着眼点は悪くない。仮にそうだったとして、目的は何だったんだろう?」
和泉は少し考えて、思いつきを口にした。
「あれじゃないですか、ほら。レアアイテムの交換とか」
そう言えば。
目撃者の話によれば【交渉成立】みたいな様子だったと言っていた。
「何だ? レアアイテムって」
「まぁ、僕には理解できない世界ですけどね~……アイドルを追っかけてる人って言うのは、まして被害者はロリコンでしょう? まぁギリギリ18歳ぐらいまでを対象とするとして、常人には理解しがたいフェチがあるのかもしれません」
聡介は頭を抱えた。
「……日本語で説明してくれ」
「まぁ、ですから簡単に言うと。足の付け根に異様に興奮するとか、うなじに強い関心を抱くとか。犯罪ですけどね、ローアングルからスカートの中を盗撮する、と……そういう写真って高価で取引されるんです」
「……」
「聡さんにはおよそ、理解の及ばない世界ですね。葵ちゃんもね」
2人とも理解できなくていい、したくない、という表情である。
「で、ガイシャがライブハウスに足を運んだ曜日には誰が出演していたんです?」
父は無言で後ろのホワイトボードを指差す。
【19時 jewelrybox3】
それは樫原詩織が所属するグループのユニット名であった。今や、彼女だけが飛び抜けて売れているが、本来は3人1組のグループである。
「……ひょっとすると、ガイシャはうらやましい話ですが、樫原詩織かあるいは他のメンバーと面識があったかもしれませんね~」
と、本当にうらやましそうに日下部が言う。
「そうか?」
半信半疑で聡介は訊ねる。
「そうですよ。そもそも、ご当地アイドルっていうのは、まぁ東京の某グループもそうですけど、会いに行けて身近に接触できるって言うのが売りですからね。まだ無名の頃で、ファンの人数も少なければ、必然的に顔と名前も覚えるってもんです」
「なるほどな……」
「まぁしかし、ファンって言うのは一歩間違えばストーカーと化す奴もいますからね。ほら去年、東京の方で刃傷沙汰になった事件あったじゃないですか……」
確かに。
歪んだ情熱が狂気に代わり、崇拝の対象である相手を傷つける。
それはままあることだ。
ふと、聡介の頭の中に一連の図式が浮かんだ。
被害者は樫原詩織あるいは、他のメンバーの内、誰かの熱烈なファンだった。
恋焦がれるあまり、何とかして触れようとし、逆鱗に触れてしまった。
この場合【逆鱗】って何だ?
「とにかく一度、その何とかっていうグループの少女達に、ガイシャのことを聞いてみる必要があるな」
「マジですか?!」
「……とりあえず、話を訊くのは彰彦。お前に任せた」
「えー、何でですか?!」
と、日下部はブーイングを鳴らす。
「お前じゃ、仕事にならんだろう……」
「ざんねんでしたー」
うるせー、と泣きながら叫ぶ声が響いた。




