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4:そろそろ独立を考えています

 捜査1課の部屋は今日も鳴り響く電話のベルや、忙しそうに動き回っている刑事達の足音、本人達は普通に会話しているつもりの怒鳴り合う声で、賑やかなことこの上ない。


「聡さん、有給休暇をもらってもいいですか?」

「……何だって?」

「聞こえないフリしても無駄ですよ」


 捜査1課強行犯係のデスク。高岡聡介警部率いる第一班の面々はそれぞれ書類仕事に追われて必死に作業している。そんな中、自分の仕事を早めに終えた和泉彰彦警部補は上司であり、実の父親とも慕っている聡介に休暇願を申し出たのであった。


「……どこかへ行くのか?」

 聡介はハンコを押す手を止めて和泉を見上げた。

「プライベートなことです」

「だから、詳しいことを聞いているんだ」


 警察官は休暇を取る際、誰とどこへ行くかなど、できれば話したくないプライベートまで上司に報告しなければならない決まりだ。わかっていても少し苛立つ。


「県内にいますよ。というか、市内です。というか、なんでこんなことまで報告しなきゃならないんですか?」

 和泉は休暇届けの用紙を手の中で丸めながら呟いた。


「仕方ないだろう、警察の決まり事だ。俺だって、お前のプライベートなんざ特別知りたくもない」聡介も溜め息交じりに答える。

「ひどい! 聡さんは可愛い息子の動向に興味がないんですか?!」

「……」


 二人の遣り取りを傍で見ていた稲葉結衣巡査、通称『うさこ』は言った。

「和泉さんて、ほんとウザい人ですね……」

 彼女の相棒であり、和泉の同期で同じ班に所属する日下部巡査長は応えて言う。

「わかりきったことを今さら口にするな」


「……で?」額に交差点を浮かべた聡介は書類の方に視線を落とす。

「そろそろ部屋探しをしようと思いまして、不動産屋巡りの予定です」和泉が答えてそう言うと、聡介は途端に表情を曇らせた。


「部屋探しって……彰彦、家を出て行くつもりか?」

「当然でしょう。いつまでも聡さんのお世話になっている訳にはいきません」


 離婚した妻が住んでいたマンションの名義も何もかも持って行ってしまって、住むところを失った和泉は、暫定的のつもりで聡介の家に居候させてもらっていた。仕事が忙しくてロクに部屋探しもできなかったが、さすがにこのままでいる訳にはいかない。


 その気になればマンションの1部屋ぐらい買えるかもしれないが、何しろ転勤の多い職業である。それに何より居候を決め込むには年齢的にマズい。

 東京都北区に住んでいる某名探偵はいつまでも自立できないらしいが、和泉は彼よりずっと年上である。


「……急がなくてもいいだろう?」

 聡介の眼が泳いでいる。動揺しているようだ。

「けど、こういうことは今度でいいやって後回しにしていると、いつまでも進展しないものですよ」

 それはそうなんだが、と父はあらぬところへハンコを押したりしている。


「じゃ、そういう訳で。よろしくお願いします」


 和泉は聡介の眼の前に休暇届けを提出し、自席に戻った。


 仕事の合間にさりげなく携帯電話で住宅情報を探ったりしているが、なかなかそう簡単に希望の条件に合う物件が見つかる訳ではない。それに、内覧に行きたくてもなかなか時間が取れないというのが難点だ。



 そして翌日。和泉はいつもより少し遅い時間に起きて、まず家の中を掃除して回ることにした。

 それからたまった洗濯物を片づけ、冷蔵庫に何もないのを確認してから近所のコンビニに出向き、お弁当を買ってきて食事をとった。


 さて、と和泉は服を着替えて外に出た。

 まずは一番近い不動産屋を訪ねる。が、定休日だった。


 仕方ないので少し足を伸ばして大通りに出る。通り沿いの不動産屋もことごとく休んでいる。

 

 今日が水曜日だということに気付いていない和泉は、大通りを挟んで反対側の商店街に足を延ばすことにした。しかしどの不動産屋もシャッターを降ろしている。


 これは、まだしばらく居候を決め込めということか?


 和泉は勝手にそう解釈して、不動産屋巡りは諦めることにした。


 となるとぽっかりと空いてしまった時間をどう埋めるか。そうだ、たまにはデパートでも覗いてみよう。

 商店街のすぐ近く、大通り沿いには大型デパートが乱立している。


 たまには服でも買うか、と和泉は紳士服売り場に向かった。


 平日午後の紳士服売り場は閑散としている。和泉がワイシャツやネクタイを冷やかしていると、暇そうな店員が笑顔で近づいてくる。


 別に店員に気を遣った訳ではないが、彼は新しいワイシャツを2枚と、ネクタイを一本購入した。


 時間があるので普段着を売っているコーナーを覗いてみる。結婚していた頃は普段着も全部、妻が用意してくれていた。彼女はブランド物が大好きで、着られれば何でもいいという和泉の主義を尊重してはくれなかった。


 自分が稼いできたお金をそんなくだらないことに注ぎ込まないで欲しい。

 今にして思えばそんな不満も妻とのすれ違いの原因だったのかもしれない。


 マネキンが着ている若い男の子向けのカジュアルな装いを見ていて、和泉は周のことを思い出していた。


 あの事件以来、彼とは一切接触していない。本当はずっと気がかりで仕方なかった。

 まだ17歳の少年だ。

 あんな事件に巻き込まれて、学校で何か言われたりしていないか、彼自身も何か精神的に重荷を抱えていたりしないだろうか……。


 連絡を取ろうと試みたが、どういう訳か全然つながらない。


 隣に住んでいるのに顔を合わす機会もない。



 そうだ。

 和泉は時計を確認した。午後3時過ぎ。


 もう少し時間が経てば、周も学校が終わって帰路につく頃だろう。彼が通っている学校はここからすぐ近くだ。少しストーカーめいているが学校の近くで待ってみようか。待つのには張り込みで慣れている。


 いいことを考えた、と満足感に浸っている和泉は一人でニコニコと笑顔を浮かべながらデパートを後にした。

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