48:その和菓子屋はフィクションだ!!
休憩時間が残り5分を切った頃、周のスマホがメールの着信を知らせた。
先日、街中で会った【樫原詩織】を名乗る少女からだ。
『突然ごめんね。今度の土曜日って、何か予定ある? 駅前の【HKB】っていうライブハウスでライブやるんだけど、見に来て欲しいな』
本物だろうか?
ご当地アイドルと言えど、今や地元で知らない人間はいないというほどの人気ぶりを博する彼女が、幼馴染みだったなんて。
そうだ!!
もしかすると智哉なら知っているかもしれない。
午後一の授業を担当する国語教師はいつも、絶対時間通りにやって来ない。周は智哉の近くに移動し、こっそりと声をかけた。
「なぁ、智哉」
「……」
ダメだ。
自分は地雷を踏んでしまったのだ。
もしかすると、兄なら知っているかも知れない。聞いてみよう。今日は何時に帰ってくるのだろう? そもそも、家に帰ってくるのだろうか。
※※※※※※※※※
被害者である猪又宅の周辺で聞き込みをしていたら、思いがけない情報が出てきた。
前回来た時には不在だったアパートの部屋を重点的に訪ねる。
すると幸いにも、被害者である猪又のすぐ隣の部屋に住んでいる人物と会うことができた。中年の男性である。
「あれは、何週間前だったかな……お隣を若い男の子が訪ねてきたんですよ」
「若い男の子?」
「そうそう。なんかチャラチャラした格好の、似合ってはいなかったけど、たぶん高校生ぐらいの子じゃないかな……ガタイのいい子でね。」
「何をしに来たか、聞こえましたか?」
「さぁ、いくらここが安普請だからって、隣の会話が筒抜けって訳じゃないですよ」
「それもそうですね。でも、大きな声で怒鳴ったりしたら聞こえるんじゃないですか?」
「いや……別にケンカしてるような音はしなかったですね。ただ、ちょうどその若い子が帰る時に玄関先で『じゃあ、よろしく頼みます』とか『任せておけ』とかなんとかいう遣り取りをしていたような……」
何か契約というか、取引をしたのだろうか。
「その若い男の子、どんな感じだったか顔は見ましたか?」
「見ましたよ。あれにそっくりでしたから」
「あれ、って何です?」
「ほらあの、昔……テレビでやってた……ものすごい不細工な顔の……何かのCMキャラクターですよ。確かあれローカルで……不評だったみたいで、すぐ消えましたけど」
随分と抽象的な話だ。
「もう一度、見たらわかりますか?」
「……ええ、まぁ、たぶん……」
「少なくとも敵対的ではなかったと、そういうことですね?」
「そうですね。むしろ、商談成立って感じでした」
猪又はついこないだまで刑務所に入っていたから、いわゆる【娑婆】に知人はいないはずだ。この男によって被害に遭った人物やその家族が、まさか友好的な態度を示すはずもない。
となると、いったい誰だ……?
「あの、もういいですか? これから仕事なので」
和泉達は礼を言ってアパートを後にした。
「……葵ちゃん、どう思う?」
「ここを訪ねてきた若い男、ですか?」
「マスコミ関係者とは考えにくいよね、高校生ぐらいって言ってたもんね」
「……わかりません。外見だけではなんとも」
ごもっとも。
「不細工な顔のCMキャラって何だろうね?」
駿河は訳がわからない、といった様子で首を横に振る。
その時だった。
「思い出しました、刑事さん!!」
つい今しがた話を聞いた中年男性が走ってくる。
「ほら、あのCM!! ヘルシー美味しい、餡子巻きで有名な【太平堂】のイメージキャラクター!!」
喉元まで出かかっていたのが、やっと思い出せて嬉しかったのだろう。彼はスッキリした顔で出かけて行った。