47:ランチタイム
昼休憩の時間。
周はそれまでいつも、智哉と2人でお弁当を食べていた。しかし。彼が角田達とつるむようになってからはそれもなくなりつつあった。
今日こそは。そう思っていたのに。
智哉は周が声をかけようとするのを避けるかのように、さっさと教室を出て行ってしまう。わだかまりができてしまった。
何でも話せる、気の置けない友人だと思っていたのに。
するとその時、
「周、一緒に中庭へ行かないか?」
円城寺が誘いに来てくれた。
周は義姉が持たせてくれたお弁当の入った袋を手に、教室を出た。
今日は朝から快晴である。気温もちょうど良く、中庭は昼食を摂る生徒で意外と混雑していた。どうにか座る場所を確保し、円城寺と並んで座る。
「篠崎君のことだが」
「うん……」
分厚い眼鏡をかけた友人は、弦をくいっと人差し指で持ち上げる。
「僕は一年生の頃、彼と同じクラスだった。品行方正、学業の成績も良く、実に模範的な学生であった。教師たちからの評判もよく、難関と言われる広大への進学も決して夢ではないと……」
何を言わんとしているのだろう?
智哉が成績優秀で真面目な生徒であることは、既に周も承知している。
「ではなぜ、彼は角田達のような問題のある生徒達と付き合うようになったのか?」
そこは周としてもぜひ、知りたいところだ。
「考え得る状況の一つとして、脅しが考えられる」
「脅し……?」
「ああ、そうだ。誰だって知られたくない過去の一つや二つ、持ち合わせているものだ。だが、何かしらの方法でその情報が流出したとしたら……?」
要するに、智哉に関する何か黒い過去を角田達に知られたと言いたいのか?
「それが何かを僕は知らない。だが、ある時……つい先週のことだ。角田が彼に言っていたのを聞いた。『バラされたくなければ、言うことを聞け』と」
「なんだって……?!」
周は食べる手を止め、思わず円城寺の肩を揺すった。
「なんでそんな大切なこと、今まで黙ってたんだよ!?」
「お、落ち着いてくれ……!!」
はっ。我に帰った周は、手を離した。
「焦ってはいけない。その【バラされたくない】ことが何なのか、真相を究明し、確たる証拠固めをしてから……だな。そうしなければ彼は、この先もずっと忌まわしい思い出につきまとわれることになるだろう」
確かにそうだ。
そうやって論理的に一つ一つ、納得させる話し方ができる彼は確かに、弁護士や検事に向いているのだろう。
「ただし。こればかりは、本人の意向を確かめずに勝手な真似はできない。僕としても、いったいどうするのが最善なのか……実に悩ましいところだ」
「そうだよな……」
「彼もまた、あまり他人に頼ることを知らないタイプのようだ」
円城寺は七三に分けた髪をいじる。
「彼もまた、って……どう言う意味だ?」
「君のことだ、周」
「俺……?」
「無論、自分でしなければならないことを他人任せにするのは愚かなことだ。だが、自分の限界をわきまえず、己の知識と経験にのみ頼って、何とかしようとするのもまた賢明ではない」
難しくてよくわからない。
こちらの心情を悟ったかのように、
「つまり、1人で抱え込まないで相談して欲しい、そういうことだ」
だったら初めからそう言えよ。
しかし……自分はそういうタイプだろうか?
「いずれにしろ、角田がもし本当に退学するのであれば、篠崎君に少しの平安が訪れるのは確かだろう。だが、それでは問題の根本解決になっていない」
「うん……」
「とにかく今は、もう少し様子を見るしかない……といったところだろうか。ところで周」
「なに?」
「うちの弟どもが、また周に会いたいと騒いでうるさいのだが。暇を見つけて遊びに来てもらえないだろうか?」
「ああ、そんなことか。いいよ、わかった」
「すまない、忙しいだろうに……」
「そこはお互い様だろ。遠慮なんかするなよ、友達なんだから」
2人は微笑み合った。
「お義姉さんは、その後どうだ?」
「……うん、まぁ……これと言って特に……」
特筆するほどのことは今のところない。というよりもその件に関してはまだ、誰にも話さず、自分の中にしまっている。
最近の義姉はわりと笑顔が増えたような気もする。
初めて会ったばかりの頃にくらべたら、格段に元気になったと思う。
「君と、君のお姉さんの幸福を心から願っている」
ありがとう。
周は心からそう伝えた。